営業部だより
2012年03月15日
【既刊本めざまし 2】 『男はつらいよ』が思い出させてくれた2冊の既刊本
2月の末、約2週間に亘る九州・中国地方への出張を終えて帰宅した翌日に、何か季節を感じられる映画を観たいと思い立ち、浅草名画座へと出かけました。お目当ては高倉健主演の『二・二六事件 脱出』(1962年)。二・二六事件が起こってから26年後に製作された作品ですが、題材と高倉健の組み合わせに似合わず、ややコミカルなタッチすら用いられているのが意外でした。より印象に残ったのが、同時上映の『男はつらいよ 幸福の青い鳥』。このシリーズ37作目のロケ地は福岡県と山口県。出張で前日まで訪れていた土地ということもあって、画面に映し出される風景に余計に興趣を引かれます。今作で寅次郎は、かつて炭鉱で栄えた九州の筑豊を訪れ、そこで昔贔屓にしていた飯塚の芝居座長が亡くなった事を聞き、線香をあげるため座長の一人娘・美保を訪ねます。旧炭鉱住宅でひっそりと暮らす美保を演じるのは志穂美悦子。本作の共演相手でもある長渕剛氏との結婚後、きっぱりと女優業から足を洗ってしまった彼女の姿をスクリーンで拝めたのは幸せでした(昨年秋に内藤誠監督作品の特集上映会で観た彼女の主演作『若い貴族たち 13階段のマキ』もなかなか凄い映画でしたが…)。
それはさておき、冒頭に登場する飯塚の嘉穂劇場の佇まいが何とも魅力的で、帰宅後、同劇場のホームページを覘いてみると、現在でも大変に様々な演目が催されていることに驚かされます。甲斐よしひろのライブから桂三枝の独演会まで、ジャンルも実に幅広い。中でも目を引くのは、何といっても大衆演劇ということになるでしょう。3月16日には「大衆演劇・古今東西オールスター」が開催され、現代書館の
『あっぱれ! 旅役者列伝』にも登場する大日方満、玄海竜二などの名優たちが勢ぞろいしたそうです。改めて『あっぱれ! 旅役者列伝』(同書では、九州のみならず全国各地で活躍する17名の役者たちの素顔に迫っています)を読み返していると、「九州はドサ回りのメッカ」との矜持を抱く旅役者たちの檜舞台である嘉穂劇場へ、いつか足を運んでみたいとの想いが強まります。
他にも、飯塚市の旧炭鉱住宅や田川市の田川井田駅で撮影されたシーンなどに触発されて、現代書館の創業間もない頃(1968年)に刊行された
『炭鉱(ヤマ)本橋成一写真集』(第5回太陽賞受賞作)を久しぶりに開いてみました。同写真集の見開きページに笑顔で写る少年の衝撃的な最期に触れた「あとがき」の後半で、本橋成一さんは次のように記します(1992年発行の第2版)。「ぼくが初めて筑豊に行ったのは1965年。もう四半世紀がすぎてしまった。石炭から石油、そして原子力へ。鼻先に"豊かさ"という人参をぶらさげられて経済発展、近代国家へつき進んだ四半世紀でもある。いまぼくは1986年4月、大事故を起こしたチェルノブイリ原発の写真を写している。あらためて『炭鉱』のページをめくっていると、いま写しているチェルノブイリの写真と同じにみえてくる。後藤静夫や宮島重信さんたちが負ったようにいつも誰かが心と、肉体を犠牲にして幻の"豊かさ"を負わされている。」
大量棄民政策の成れの果てというべき福島第一原発事故を経験したこの国が、新たなエネルギー政策を検討する際に、決して無視してはならない写真と言葉、そして歴史がこの1冊の写真集から立ち上ってきます。改めて、既刊本には時代を越えて発信力を持ち続ける可能性が秘められていると認識することができました。(よもや『男はつらいよ』がきっかけになってくれるとは思いもしませんでしたが)