編集部だより
2009年03月20日
オバマの中のX
日々新しい出来事に追われる現代人にとってほんの数カ月前のアメリカ合衆国でオバマ政権成立もすでに「済んだ話」に思えてしまうことがあります。「アメリカ初の黒人大統領誕生!」などと興奮したのも今は昔、時はいつなんめり。
しかし、書籍の世界では今もまだまだオバマ・ブームは消え去っておりません。新大統領の演説が英語の教材として評判になり、今も好調に売上げを伸ばしております。オバマは演説の名人だそうで、彼の言葉こそが大統領への道を開いた武器でもあったわけなので、その演説を聴きたいというのも頷ける話です。格式ある感動的な話を英語で聞く、というのもなかなかいい経験なのかも知れません。言論の力は軽視できません。ペンは剣よりも強し、です。
そのオバマ氏は、よくマイノリティの先駆者の話をします。キング牧師などもその一人で、「ワシントン大行進」などで示された人種差別反対運動の偉大な歴史がついに黒人大統領まで生んだと前の世代の黒人運動家たちを讃えます。もちろんそれは大切な認識で、アメリカ人のみだけでなく人種差別やマイノリティ差別などの問題を考えるうえで是非、知っておきたい歴史でもあります。
オバマ大統領は演説の名人ですが、キング牧師もまた演説の名手でした。「わたしには夢がある」という演説は英語の教科書などにもよく載っています。
しかし、キング牧師の同時代人に実はもう一人の黒人の演説名人がいたのです。
彼はマルコムXといいました。彼もとても演説がうまく、その理論は教養と説得力に満ち、聴いた者に感銘を与えたそうです。
彼は強盗の罪で懲役刑に服していたとき、猛然と勉強を始めました。刑務所内の図書室の本を読みまくり、辞書を書き写すといった壮絶な勉強方法で自分の言葉を磨いた人物です。出所したとき彼はまったく別人として生まれ変わっていました。彼の教養に驚嘆する人々にマルコムは、「自分は刑務所の図書室『卒業』だ」と答えたそうです。以後、彼はそれまでの黒人運動では見られなかったような斬新な言葉と表現で黒人の現状を訴え、大きな影響力を獲得しましたが、マルコムの知性の多くは読書を通じた独学で得たもので、キング牧師のように大学教育を受けた結果ではありませんでした。
行動の人マルコムXは、読書の大切さも知る人物だったのです。その彼が残した本が『いかなる手段をとろうとも』(G.ブレイトマン編/長田衛訳、現代書館刊)です。この本には彼の演説・インタビュー・手紙などが収められております。またマルコムXの平易な伝記としてフォービギナーズ・シリーズ『マルコムX』(B.A.ドクター著)もあります。
マイノリティや「単独者」が自らの武器として教養を積むとき、読書こそが最大の味方であり、その歩みが長い時を経て、ついにアメリカの歴史をも動かしたのです。
この機会に是非、マルコムXの本を手にとってみてください。