編集部だより
2008年10月15日
否定される命からの問い
「またか……」。福岡で起きた小学生殺害事件の続報(母親逮捕)を新聞で読んで瞬時に思った。新聞には、容疑者の母親は「最初から殺すつもりはなかった」「子育てに悩んでおり、自分の病気のことで将来を悲観し、子どもを殺して自分も死のうと思った」と供述したとあった。同時に被害児が通っていた学校長のコメントがあり、(被害児は)「特別支援学級に在籍していたが、不登校ということもなく、(子育てに)悩んでいるとは聞いていなかった」としていた。「またか……」というのは、母親が自分で殺しておきながら、子どもが行方不明になったと捜すそぶりをしたり、子どもの携帯電話(GPS付き)を捨てて他人の犯行に見せかけようとしたことが秋田で起きた連続幼児殺害事件に似ていて、また母親による子殺しが起きたのか、と思ったわけではない。「また障害のある子どもが殺された」という意味での「またか……」だった。
その後の取調べで、母親はトイレで介助を頼もうとしたら、「なんでそんなことしなきゃならないの」と言われて絶望的になって殺してしまったと供述したという。「病気のお母さんなんかいらない」とまで言われたという。殺意をもっての計画的犯行なのか、子どもの一言が引き金になった衝動的なできごとだったのか、動機や背景については捜査を待つしかないし、日々起きる事件を追うなかでほとんど報道されなくなっているので、そのうち事件自体が忘れられていくのだろうと思う。
しかし、「なんでそんなことしなきゃならないの」と子どもに言われたとして、その子に障害がなければ、この母親は殺害に及んだのだろうかという疑念は晴れない。相手の状況や立場になって考えるという想像力の不足故に、状況や場にふさわしい言動がとれないことが発達障害の一つの特徴だとされている。この被害児も軽度の情緒障害と判定されて特別支援学級に措置され、特別支援学級のある学校に通うため引越しをしたという。そうであれば、親子共々、地域や学校で気軽に話し合える関係が少なく、そうしたことも「子育てに悩んでいた」母親を追い込んでいたのかもしれない。
ネット上の記事の中には、発達障害のある子どもを育てる家族の困難に触れて同情する記事も多い。つまり、今まで発達障害は障害と認められずに福祉の谷間にあって、何の施策・支援もなく、また周囲の無理解(障害としてではなく親の育て方が悪いからという見方)のなかで孤立して子育てをしてきた家族が多い。それ故、何らかの支援策をとらないと不幸な事件が起きかねない、とつとに警告してきた。2004年に施行された発達障害者支援法は、そうした背景のもとに家族の努力でようやくできたのだ、と。
けれども、障害があろうがなかろうが、子どもが大人の予想を超えて突飛な、あるいは心無い言動をとることはままあることではないだろうか。そしてそれが子ども故に許されるということも。反抗的な子どもだった私は、総領である弟を大事にし手をかけすぎる祖母に向かって、弟は長男だからいろいろやってもらい、私は「お姉さんだから」いろいろやらされたり我慢させられるのは不公平だ、と食ってかかったそうだ(小学2年生頃の話)。農作業で曲がった腰で、共働きの両親に代わって面倒をみてくれた祖母にしたら、どちらも同じようにかわいがっているつもりなのだから、泣きたくなる一言だったろう。言った言葉は覚えていないが、中年になっても服を脱ぎっぱなしで片付けができない弟をみると、祖母が手をかけすぎて甘えて育ったから(三つ子の魂百までも)だと、今でも確信している。ともあれ、私たち姉弟はけっして仲の良いきょうだいではなかったし、きょうだいげんか・親子げんかが絶えない家族だった。それでも家族だから本音を出してぶつかり、互いに言葉で傷つけ合っても許し、許され、深刻にならず、依存し合いながら暮らしてきた。そしてたいがいの家族はそんなものだと思ってきた。それ故、子どもが周囲の大人、とりわけもっとも安心して甘えられる存在であるはずの親の意に沿い、期待に応えるような受け答えばかりしている姿を見ると、窮屈でかえって不安を覚えてしまう。いわゆる「良い子」「何の問題もない子」が「なぜこんな事件を起こしたのかわからない」というようなことは今時、珍しくない。
詳しい家庭事情もわからないのに、一般化して語るのは慎まなければならないのかもしれない。それでも、この一言が障害のないいわゆる「普通の子」が虫の居所が悪くて、あるいは親への反抗から発せられていたのなら、頭に血が上っても、その場限りの激昂が収まればそれですんで、日常の一こまに戻れていたのではないかと思えてならない。
1970年(福祉施策や施設などほとんどない時代)、横浜で重度の障害のある2児の母親が上の子をエプロンの紐で絞めて殺してしまった事件があった。その裁判に際して地域の人たちが、福祉の貧弱こそが真の原因で、障害のある子どもを産み・育てる母親にその負担が一身にのしかかったために起きた不幸な事件だとして、減刑嘆願署名を始め、同情を持って報道された。そのことに対して、殺されても仕方がない(誰のせいでもない)とされ、命の価値を減ぜられた障害児の立場から「殺したことの罪は罪として裁くべきだ」と脳性マヒ者のグループ・神奈川「青い芝の会」が異議を唱えた。(事件については、小社刊の横田弘対談集『否定される命からの問い』をご参照ください。)
その後もこうした障害児殺しの事件に対し、減刑を願う風潮はなくなってはいない。加害者の情状は個別に酌量されるべきだろうが、その量刑を判断する際、殺された側に何らかの理由や事情を付け加えるとしたら、それは司法が被害者のもつ資質で差別していいと言っているようなもので、「法の正義」など建前からふっとんでしまう。(「何の落ち度もない被害者」や「将来有望な被害者」と、そうではない「反社会的な被害者」や「徒食の被害者」の場合、加害者の量刑は同じだろうか。裁判員制度で素人が量刑に関わる判断をするようになる時代、とても気になる。)
「不良な子孫」と優生保護法に規定され、出生前診断や出生後の養育拒否などで常に「否定される命」として生存を脅かされてきた生まれつきの障害者である彼らの根源的問いは、こうした障害児殺しの事件があるたびに繰り返し問われるべきだと思う。(猫)