編集部だより
2009年07月31日
足袋から世界一へ
今から120年前の1889年(明治22年)は、不思議なくらい後世に影響を残す人物が次々に生まれた年であった。
文化人では夢野久作、岡本かの子、柳宋悦、和辻哲郎、内田百閨A室生犀星らが生まれ、軍人では石原完爾、井上成美が生まれている。実業家では西武グループを一代で創り上げた堤康次郎が滋賀県に生を受けている。
世界に目を向けるとさらに驚くほど多様な人物が、まるで競い合うかのように1889年に一斉にこの世に生まれている。喜劇王チャップリンがイギリスに生まれ、哲学者ではウィトゲンシュタインがオーストリアのウィーンに、ハイデッガーがドイツに生まれている。インド独立に一身を捧げ、後に非同盟諸国の盟主として活躍したネルーも生まれている。 そして、あのアドルフ・ヒトラーも同じ1889年に生まれている。
この人物群を見ていると、そのまま日本と世界の20世紀の運命を決するかのような運命の年であったかのような気さえする。
この年に生まれた人物たちの多くは過去の歴史の中に名を残しているが、今もその名を世界に轟かせている日本人が福岡県久留米にやはり1889年に生まれている。世界のタイヤメーカーとして頂点に立ち続けるブリヂズトンの創業者・石橋正二郎である。
小社新刊『ブリヂストン 石橋正二郎伝──久留米から世界一へ──』(林洋海著)は、石橋の人生を克明に追った伝記である。貧しい着物仕立屋から身を起こし、経営近代化から足袋製造に着手し、さらに足袋の底にゴムを貼り野外作業に最適の地下足袋という新製品の発明と次々に手を打った人物である。九州で初めて自動車を購入し、まだ自動車が珍しかった時代にその可能性をいち早く見抜き、大不況にもひるまず信念と使命感をもって一躍タイヤ製造業に勇躍した経営者である。創意工夫・発明・誠意あるモノ作り・技術革新と経営刷新など、その後日本経済が至上命題とするさまざまなテーマについて踏み出したパイオニアはいかにして生まれたのか? 短い学校教育しか受けず世界を見聞する十分な機会がなかった若い時分より石橋はいかにして自分を教育したのだろうか? そんな疑問を一気に氷解してくれるだけでなく、不況時の企業はどうあるべきか、逆境にある人間はいかに生くべくかを実践的に示してくれる本である。
功なり名を遂げた石橋は躊躇うことなく社会貢献に邁進した。生まれ故郷の久留米の学校に多大なる寄付をしただけでなく絵画蒐集にも尽力し、今日のブリヂストン美術館の基礎も創った。一途に自分の社会的使命を直視し、人の幸福に役立つ製品をつくることしか成功の秘訣はない、と言い続けた彼の企業家精神は今だからこそ新しい教訓を我々にもたらしてくれている。
本書は、タイヤ業界という、ともすれば門外漢には分かりにくい世界を平易に描いた伝記である。日本的経営、日本的勤勉をつうじわたしたちの社会の特色を新たな視点で明らかにした本だ。
120年前、多士済々の人材が自らの夢と課題を求め世界に働きかけた人物が多数いたが、石橋の志は今も生き続け、今日も世界に挑み続けている。