編集部だより
2009年08月24日
保険金目的殺人か、それともDVからの解放か
新刊『DV・被害者のなかの殺意――ネット依頼殺人の真実』(北村朋子著/小社刊)が出来上がりました。(9月3日発売予定!)「いらない旦那、処分します」というネットの書き込みに応じてしまったDV被害者の女性が夫殺害の加害者になってしまうという、2005年に実際に起きた事件を追ったルポルタージュです。
実はこの事件は警察でも検察でも司法でも「保険金目的」の殺人事件として取り扱われました。それはこの加害者である妻に膨大な借金があったことが理由とされています。そして裁判では「DV被害を受けたのも、そもそも妻が借金をつくったせい」という文脈で暴力(DV)を因果関係に組み込み、結果的に容認してしまうような発言もみられました。法廷では一貫して「DV」という要素を事件の主要因としては扱いませんでした。
著者の北村氏は2年にわたって「道代受刑者」(仮名)を取材し、このルポを「DV問題」の視点からとらえ直して本書を執筆しています。道代さんが面会で語った言葉や拘置所からつづった手紙など、生々しく悲しい「加害者」の声が多数掲載されていますが、読み進めるほど彼女が「加害者として生きていく」という「被害」を負っていると感じざるを得ません。
さて、ついに始まった裁判員制度ですが、本書の事件も今起これば裁判員裁判の対象になる事件です。
裁判所作成の「裁判員制度」というHP内コンテンツ「裁判員制度Q&A」では、裁判員には「公平誠実に職務を行」うことが義務づけられていると書いてあります。また、テレビのニュースや新聞の報道で得た感想や先入観を取り払い、法廷で見聞きした証拠のみによって判断するよう定められています。そして、「他の裁判員や裁判官と一緒に証拠に基づいて議論をする中で決めていくことになりますので,そのような議論を通じて,その事件について抱いていた先入観も解消されると思います」とあります。
この「先入観を持たず公平に」が可能か不可能かは別として、多くの新聞・雑誌で「パチンコ好きで借金漬けの妻が保険金目的で夫を殺害」などと書かれていて、なおかつ裁判所でも同じように「保険金目的」という文脈で事件を見ていれば、「DVゆえの殺人」という視点で事件を分析していくことは難しいでしょう。「先入観が解消」どころではありません。
殺人は言うまでもなく悪いことです。しかし加害者を罰することに汲々とするあまり、検察側が心証を損ねる事柄ばかりを挙げ、酌量に繋がる部分を隠蔽してしまったり軽んじたりするのは当たり前ですが間違ったことです。なぜこのような事件が起こったのか、未然に防ぐ手立てはなかったか、同じような事件が起こらないためにどのような対策や支援が可能かなどを考えるためには、事件に至る経過を丁寧にみていくことが必要ですし、有罪/無罪や量刑の争いのためだけに法廷が使われるのは社会にとって有効なシステムとはいえません。社会に住む人々に還元できるかたちで司法が行われ、「加害者」も含めて救ってくれるような司法になってもらいたいものですが、そこまで徹底して網羅し・掬いとるような制度も恐ろしいですね。
私は女性なので、男性に暴力を振るわれるというのは実際の痛み以上の恐怖と嫌悪があります。おそらく経験上、拳に対してモノで対抗する可能性がとても高いですから、ちょっとずれたら傷害・殺人となってしまいます。こういった傾向は夫婦間の犯罪にもよく現れていて、傷害まではほぼ加害者が男性なのに対し、殺人になると一気に加害者の半数が女性になるのです。すぐ手が出てしまう殿方は、平手が拳骨に、拳が包丁になって返ってくることを十分危惧し、女性を加害者にしないように努めていただきたいものです。(栗)