編集部だより
2009年10月13日
鳩山とオバマと『第九』
まだ年末のことを言うのは早いと思っているうちに、すぐに年末というものはやって来る。今年一年を振り返るなどということはさすがにまだ早いのだが、今年の最大のニュースは自民党から民主党への政権交代だろうと思っていたら、世の中、油断できないもので秋にはもっと驚くべきことがあった。アメリカ合衆国のオバマ大統領がノーベル平和賞を受賞したのだ。彼はまだプラハで核兵器廃絶の演説をしただけで、特に国際平和に大きな実績を残したわけではないことは世界中が知っていることで、オバマ大統領の記者会見でも本人も記者も当惑ぎみのようにテレビ報道では見えた。
でも世界が平和を求めていることは事実だし、これは困難で深刻な問題だ。一見、世界中で最も安定して豊かな生活を得ているかのように見えるヨーロッパも、かつて2回も世界大戦を起こした地域なだけに、世界平和について楽観視はしていない。ヨーロッパ起源のノーベル賞も、そもそも科学と平和の問題に懊悩したノーベルがいたからこそ始まった賞だし、今回のオバマ受賞を決めた人びとも「平和に向けて努力しましょう」という期待値で賞を決めたのかも知れない。
NHKテレビ『テレビでドイツ語』の講師を務めているドイツ文学者矢羽々崇氏(獨協大学教授)が書き下ろした『「歓喜に寄せて」の物語――シラーとベートーヴェンの『第九』』(小社刊)という本がある。表題のとおりシラー作詞、ベートーヴェン作曲の『第九』がどんな背景を持って生まれ、世界の人びとに愛好されてきたかを詳述した本だが、これを読むと芸術・ナショナリズム・平和運動などが複雑に入り組んだヨーロッパの歴史の中で、平和がどうイメージされ、どんな歴史を辿ってきたのかがとてもよく分かる。そうそう、『第九』では「友愛」もテーマである。今年日本と世界の耳目を集めた「友愛」(鳩山政権)、「平和」(オバマ)というキーワードを持つ『第九』を年末に聞く機会も多くなるだろう。今から本でちょっと勉強して、話題のネタを仕入れておくのも面白いのではないか。「美しいスローガンを言うだけなら誰でもできる」という批判はまったくそのとおりだが、思いを言葉にしてみることもやはり大切だ。
例年年末になるとやたらに聞く『第九』だが、今年は特にしみじみと『第九』を噛み締めて聞いてみたい。