編集部だより
2010年03月23日
「障がい者制度改革推進会議」走る
昨年の歴史的政権交代から半年がたち、当初の期待の高さの反動か、最近の世論調査では鳩山内閣の支持率が落ちこみ、不支持率が上回る有様です。政治と金の問題や方向性の見えない普天間基地移設問題など、やっぱり政権交代しても何も変わらないじゃないか、という声があちこちで聞こえてきます。
しかし、本当に何も変わっていないのでしょうか。少なくとも戦後60数年続いてきた自民党の箱物と利権を中心とした政治課題への取り組み方、最終消費者(当事者)抜きの政策決定のプロセスは、大きく変わっているように思えます。
『季刊福祉労働』では昨年12月刊の125号で「ソーシャルインクルージョンに向けて新政権への提言」を、そして3月25日刊の126号で「新政権で教育はどう変わるか」を特集し、新政権によって、排除と競争の社会から共生社会へと向かう道筋について様々な論点から検証し、新政権の政策への期待、提言、注文、批判、箴言を述べています。半年がたち、危惧したことがあたっている部分もあれば、期待が少し実現できた部分もあります。どちらにしても、提起された政策実現には時間がかかるものです。
そのなかでも最もドラスティクに、かつ猛スピードで変わろうとしているのが障害者に関する政策決定のあり方です。2003年の支援費制度施行以来、予算不足による上限枠設定問題、介護保険との統合問題、「障害保健福祉施策改革のグランドデザイン」急浮上、そして障害者自立支援法へと、たった3年の間にコロコロと制度が変わり、障害者の生活、そして事業者や自治体行政も大いに翻弄されました。これは偏に、その制度によって影響をこうむる当事者の生活やその主張を無視して、役人が机上で予算的な側面からのみ制度設計をしたことによります。そしてこのように立案された制度にお墨付きを与えてしまったのが審議会であり、それを現実の法制度にしたのが、障害者とその関係者など票の数ではないと高をくくっていた旧自民党政権ではなかったでしょうか。
政権交代によって、ようやくこうした政策決定のあり方に代わって、障害者自身を中心とする障害政策立案の仕組みが始動しました。昨年12月8日に鳩山首相を本部長とする障がい者制度改革推進本部が内閣に設置され、この本部の下に障害当事者を主たる構成とする、障がい者制度改革推進会議が設置されました。
この会議が今までの審議会や、検討会と決定的に違うのは、まず構成員24名中、障害当事者が11名、知的・精神障害の当事者ももちろんはいっており、議長も副議長も障害当事者が務めていること。以前は障害福祉関係者と言っても施設・事業者中心だったのに、今回は施設の利益を直接代表する人が一人もいないこと。学識経験者は、今までの社会保障審議会(官僚と癒着した福祉業界)のボス的な人ではなく、国連の障害者権利条約交渉に参加したり、障害者の地域生活に関わってきた、いい意味で「学者らしくない」人たちであることです。つまり、委員の構成から見ても、この会議の方向性が、当事者主体、施設から地域へ、権利条約に見られる世界的な潮流(ソーシャルインクルージョン)重視であることが明らかに見て取れます。
また、会議のもち方も今まで以上に合理的配慮がなされています。知的障害者の情報アクセスのために、委員の意見書やHPでアップされている議事録には振り仮名付版があります。会議中、ろう者の委員には手話通訳、盲ろう者の代表には指点字の通訳者がつき、難聴者には要約筆記がスクリーンに映し出されます。さらに、インターネットで手話と字幕付きの動画配信も行われています。多くの障害当事者が会議での議論を見守り、委員たちもより広く自分の意見書に提言や意見を求めてまとめているなど、今までの審議会、検討会とは比べものにならないほど、透明性・公開性があると言えるのではないでしょうか。
そしてなによりも違うのは、いままでの審議会、検討会では、委員各自がどんな意見を述べようと、たとえ反対意見だらけであろうと、最終的にとりまとめて政策にするのは事務方の官僚だったのが、この推進会議では、事務局を務める内閣府担当室長に、車いすの弁護士である東俊裕さん(DPI日本会議理事、熊本学園大学教授)がなったことです。障害者権利条約の交渉過程では日本政府代表団顧問として活躍され、条約制定過程について『季刊福祉労働』でも連載していただいています。同じくDPI日本会議から条約交渉に参与という形で関わった金政玉さん他が事務局に加わるなど、何と事務方まで、障害当事者及び今まで障害者運動に関わってきたスタッフが配置されたのです。
会議は、東さんが用意した100項目以上の論点整理を基に、月2回、4時間のハイペースで進んでいます。3月19日は第5回目の会議で、教育・政治参加に関する議論が行われました。会議の様子については、『季刊福祉労働』126(3月)号で、委員として参加されている長瀬修さん(東大特任准教授)と尾上浩二さん(DPI日本会議事務局長)がそれぞれ報告を寄せていただいています。
障害当事者はもとより、介助者や関係者からもこの会議の議論に注目し、「すごい! こんな議論が日本でもできる時代になったんだ」という声、期待が寄せられています。しかし、この会議が厚労省でなく内閣府の共生社会政策統括官の下に置かれていることからもわかるように、ここで議論されるのは自立支援法のように単に障害者サービスのことばかりではなく、より広く教育・雇用・アクセス・政治参加など、社会生活一般、社会全体の障害者に対する態度、関係の問題をどう政策に落とし込んでいくのかということであり、ここでの当事者とは実は、障害のある人であり、障害のない人でもあるのです。
月2回、しかも1週間前に意見書提出、終わった後は議事録確認と、委員の方たちは毎回予習・復習が大変でしょう。しかし、障害者自立支援法の見直しに始まり、分離教育制度のインクルーシブ教育への転換、障害者差別禁止法制定、権利条約批准等々、自公民政権時代にたまった課題は山のようにあります。推進会議が「はやく、ゆっくり」ゴールまで完走できるよう多くの人がエールを贈っています。
ところで推進会議の委員24名中16人までが『季刊福祉労働』の執筆者であることにも、時代の流れを感じます。『季刊福祉労働』は1978年の創刊以来変わらない方針(当事者主体、差別された人々の側に立つ、地域社会で共に学び、育ち、働き、生きる)で編集されてきていますが、初期の頃、障害者には専門家による特別な場所での特別な療育・訓練が必要と考える「発達保障論」が主流の大学の生協でおいていただけないこともありました。こうした世の中の変化を歓迎しつつ、『季刊福祉労働』は今後も障害者にかかわる社会的問題に積極的に提言し、当事者主体の政策づくりに伴走していきます。(猫)