編集部だより
2010年05月10日
書を持って、旅に出よう!
ゴールデンウィークは全国的にお天気に恵まれ、旅行や帰省で民族大移動が繰り広げられました。私も例年通り、田舎に帰って骨休めではなく、雑草と格闘してまいりました。なにしろ人間の数より獣の数のほうが多い、高齢化が進む田舎のこと。やたら広い敷地プラス今は何も耕作していない畑で、雑草と樹木が伸びきっています。弟と3日がかりで草刈り、草取り、枝の剪定をし、なんとか人が住んでいる屋敷らしくなってきましたが、1カ月もしないうちに元の木阿弥なんですよねえ。夜、テレビで行楽地の人込みや、海外旅行からの帰国ラッシュを伝えるニュースを見ながら、せっかくの連休、どこかに行きたかったなあ、と思う反面、茶の間の窓から日本百景と言われる裾花渓谷が見え、善光寺には車で10分で行け、自然の幸にも恵まれている。ここを別荘と思えば、草取りもけっこう行楽に思えてきます。
連休明けの土・日は、集会のために金沢・尼崎と回ってきました。こちらもお天気に恵まれ、せっかく遠くまで来たのだから少しは観光地巡りでも、と思いましたが、結局、集会が終わった後も飲みながら会議でどこも行かず、駅と会場と宿の間の行き来だけでした。まあ、普段と違った場所で、違う顔ぶれで、地元のおいしい物を食べたのですから、お金と時間を使った甲斐はあったというものです。
この間の移動で、車いすの方、盲導犬を連れた方、白杖をついてる方を目にしました。普段の通勤電車でも、「お客様のご案内中です」という車いす利用者の乗降介助を告げるアナウンスをけっこう聞きます。バリアフリー法、ハートビル法などの法整備が進んだおかげで、駅、空港、道の駅などのバリアフリー化が進み、交通機関の職員の対応も向上したせいで、障害のある人の移動も少しはしやすくなったのでしょう。もちろん、なにもしないでこうなったわけではありません。90年代から毎年行われた「電車に乗るぞ! 全国一斉アクセス大行動」や、後のハートビル法につながった「福祉のまちづくり条例」策定活動のなかでの街のバリアフリーチェック、そして日々繰り返される乗車拒否や利用拒否に対する抗議、改善要求など、当事者による地道な活動のたまものです。
物理的なアクセスは目に見えて向上しましたが、では、障害のある人は気軽に旅行に出かけられるようになっているでしょうか。私たちは日常生活から離れて、普段の生活では得られない楽しみを求めて見知らぬ土地を訪れます。そのためにガイドブックや旅行雑誌、インターネットで目的地の情報を集めたり、旅行会社でパンフレットをもらったりして事前準備をします。私などはむしろ、この準備の時間が一番好きで、どう動いたら時間を効率的に使えるか、列車ダイヤや飛行機のタイムテーブルとにらめっこしてスケジュールを組んだり、ホテルや行きたいスポット、立ち寄りたい店を選んだりしているうちに、もうすでに行ったような気になってしまいます。
しかし、私たちが旅する時に頼りにしているガイドブックや旅行雑誌、パンフレット、観光地のHPのなかには、移動に制限のある車いす利用者や視覚障害者などが必要としている情報はまず入っていません。テレビの旅行番組も、移動に制限のある人のことを考慮してつくられてはいませんし、こうした人がガイド役をすることもありません。まれに、車いす利用者の旅行体験や観光アクセスブックなどが発行されても、書店では旅行の棚でなく、障害福祉の棚に置かれたりしています。これは障害者の旅行はまだまだ当たり前のことでなく、福祉的恩恵の世界のことと、障害のない大多数の人がとらえているからで、移動に制限のある人は、物理的アクセスが向上しても、情報面ではまだ顧客対象になっていないかのようです。
現実には、世界中のどんな秘境にも日本人が訪れているように、移動に制限のある人の旅行も世界中に広がっています。観光旅行の主力が定年後の時間とお金に余裕のあるシニア世代であることから考えても、高齢で移動に制限のある旅行者は増える一方でしょう。元気でバリバリ歩ける旅行者向けの情報しか載っていないガイドブックや観光案内では、ニーズに合わなくなっていくのではないでしょうか。
例えば世界遺産ブームで、世界遺産を巡るツアーがたくさんあります。世界遺産、世界自然遺産に登録された所はそれだけで観光客を呼び込めるわけですが、移動に制限のある人、とくに車いす利用者にとって、なるべく大自然そのままを満喫することとアクセスをよくすることは二律背反のようにも思えます。しかし、それを可能にするアイディアはありますし、自然遺産の中で車いすでアクセス可能な場所はたくさんあります。また、段差や車いすではアクセスできないバリアはあっても、マンパワーや工夫で克服できる範囲なのか、まったく無理なのかなど、バリアフリー情報だけでなくバリアに関する情報を提供することで、行くための工夫、行ける場所も広がっていきます。
このような情報を詰め込んで、日本の世界自然遺産(候補地も含む)の知床・白神山地・屋久島・八重山諸島・小笠原諸島を車いすで旅するためのガイドブック『車いすでめぐる日本の世界自然遺産――バリアフリー旅行を解剖する』(馬場清・吉岡孝幸編著)が5月下旬に出ます。雄大な景色を実感していただくために、32ページはフルカラ―で写真をふんだんに使っています。観光ガイド以外に、バリアフリー旅行の歴史と旅のバリア(物理的・経済的・人的・情報)の検証と解消のための提起もされています。
すでに出版されているガイドブックにこれらの情報が含まれていたり、あるいは観光地の総合案内、HPなどで移動に制限のある人向けの情報コーナーがあれば、本書がつくられる必要はなかったのかもしれません。物理的バリアフリー化と同時に情報のユニバーサル化も急務です。
この本を手に、世界自然遺産の地を車いすで旅していただき、もっともっと車いすの旅の可能性を広げていただきたいですし、あるいは行かれなくても、車いすツーリスト佐藤さんのコメントを読んで一緒に旅した気分になって楽しんでいただけると思います。
やっぱり私も田舎の草刈り隊でなく、旅に出たくなりました。(猫)