編集部だより
2011年11月30日
未来を担う言葉
世界中が不況競争をしている今の状況を「トリプルAなき時代」などと言うそうです。格付ランキングでは今までアメリカドルを「トリプルA」と見なし、ドルを基準にして世界の通貨の強弱を測っていたそうです。確かにアメリカは世界一の経済・政治で世界をリードする唯一の超大国です。しかし、そのアメリカ経済も翳りを見せ始めています。ユーロは同じEU圏内の赤字国の債務問題が深刻化。さらに株も世界同時安で、世界中のダブついた資金が行き場をなくし、仕方なく円を買うという納得しがたい状況が続いています。震災後の弱っている日本の円が高くなるというのは、投資家のどんな思惑があるにせよ、日本にとっては大きな脅威です。被災地復興や原発事故補償や収束作業のことを考えれば、経済問題は現在の死活問題であるだけでなく、これからの日本の将来を左右するほどの重大事であることは誰もが痛感しているでしょう。もはや1円でも惜しい時代に入っているようです。
ちょっと昔の話になりますが、「It's the Economy, Stupid!」というセリフがアメリカではやったそうです。これはアメリカ政治の決まり文句で、「つまり問題は経済なんだよ、分かんないのか!?」という感じの言葉らしいのです。もっと強く訳してしまえば、「要は経済なんだよ、アホ」とか、「カネだよ、カネ。大事なのは要はカネなんだよ、分かんないのか、バカ!」というような感じでしょうか。これがはやったのは実は結構昔の話で、1992年の米大統領選で当時の与党であったブッシュ(父)政権に挑んだクリントン(夫)が、ブッシュ共和党政権の経済失策を批判しようと煽り立てた攻撃文句だったそうです。これが功を奏したのか、クリントンは当選。それ以降、アメリカ経済にとって久しぶりの好況に潤った時代をすごしました。時代は繰り返し、オバマが対マケイン選挙戦を争うときも、自分を経済優先の政治家としてアッピールし、大事なのは経済のことだ、重要なのはカネだよ、とばかりにオバマ陣営は陰日なたに「It's the economy, stupid」とはやし立てたそうです。オバマの売り文句は「Change!」「Yes,we can!」だけではなかったのです。しかし、そんなアメリカもうガタガタです。巨大企業の倒産と不正はもはやニュースバリューすら持たないほどです。EUでは国家は破産しそうです。
大事なのは、経済だと誰もが身に沁みて分かっているはずなのですが、ではカネって何だ? 経済って命より大切か? カネさえ儲かればいいのか? 商売って地上のすべての営みに優先するのか? といま改めてと問われればやはり考え込んでしまいます。
カネの大切さと命の大切さ、それは秤にかけて瞭然となる軽重などではありません。「カネよりも命が大切」ということも、「その命を救うのにカネが必要」というのも、いま世界中で最も痛感しているのは実は日本のはずです。
この秋、現代書館からこのテーマに関連する新刊が出ました。
『「僕のお父さんは東電の社員です」─小中学生たちの白熱議論! 3・11と働くことの意味』という本です。
この本はタイトルどおり、東電社員のお父さんを持つ小学6年生の新聞投稿から始まった全国小中学生たちの議論を収録した本です。東電には原発事故についての責任があります。でも、電力を必要としたのは誰ですか? 責任を負うのは東電だけですか? 皆で一緒に考えましょうという問い掛けから始まった大きな、そして重要な議論でした。20年にもわたる長期不況下におきた東日本大震災後の復興への取り組みと、いまも続く原発事故の影響の中で、日本の大人たちは今後の生き方を必死に模索しています。原発は発電単価が安く経済的に有利な選択である筈でしたが、事故後、それは何よりも高くつくものになってしまいました。命と故郷が失われた対価は計り知れません。でも、考え始めているのは大人だけではありません。これからの日本を生きていくのは大人ではなく、子どもたちです。原発って、そして働くって何だろう、と子どもたちは問うています。子どもたちが怒っているのは東電に対してだけではありません。福島県の小学生は、東京で電力を使っているすべての人に怒っています。そして、この先どうやって生きていくかを懸命に考えています。これからの日本を生きる子どもたちの意見は、未来から寄せられた提言でもあります。原発への賛否や、これからの日本の社会運営について決断を下す前に子どもたちの真剣な議論に是非耳を傾けてください。
「It's the Economy, Stupid!」。ついこのあいだまで時代の常識だった言葉が、いま聞くとしみじみと寒々しく響きます。経済成長目覚しい時代、わたしたちは皆、この言葉で自分で自分のお尻を叩いてひたすら前進してきました。どの企業も、どの事業計画も「前年度比110パーセント達成」を目指し、電力を増やし、使い、「脱落者」を切り捨ててきました。では、これから先、私たちはどうやって生きていくべきでしょうか。
今年は日本にとってとても厳しい年でした。この年の経験を「歴史」にしてしまう前に、この時代の中でいま生まれた言葉に向き合うことから来年を考えていきたいと願っております。