『How to 生活保護――申請・利用の徹底ガイド【雇用不安対応版】』の新年度版(2013-14年版)(定価1400円+税)がようやく出ました。例年は年明けから生活保護制度以外の社会保障制度の変化や社会情勢の変化に合わせて前年度版に修正を加え、3月頭に基準改定が福祉事務所に内示されたところでそれぞれ数字を直して5月の連休明けに出してきたのですが、今年はご承知のとおり戦後最大幅の生活扶助(生活費に当たる部分)基準引き下げが8月1日に実施(5月連休明けに予算が成立し、6月に新年度の基準額が内示)されたため、大幅に作業が遅れました。
新基準は引き下げだけでなくその計算方法も複雑で、当事者においそれと自分の生活保護費を計算させないためではないかと疑いたくなるほど。それでなくとも一時扶助を含めた基準額表を利用者に渡している福祉事務所は少なく、本書を見て初めて、自分の生活保護費の積算根拠を知ったという方、引っ越しに際してカーテン、ガス台などの費用が出ることを知った方、難病のため、8年間県外まで通院していた交通費(タクシー代含む)が出ることを初めて知って未払い請求訴訟に踏み切った方もいるくらいです。
今回、引き下げの理由として厚生労働省が持ち出した「最も所得の低い10%の層の消費実態と生活扶助基準を比較した場合、子どものいる多人数世帯の生活扶助基準のほうが高いこと、そして物価下落」は、多くの方が指摘し、国会審議でも追及されたように、根拠としては完全に破たんしています。しかし、「真面目に働くより、怠けて生活保護をもらっているほうが収入が多いのは不公正だ」「生活保護受給は日本人の感覚からすれば“恥”」という生活保護利用に対する根強いスティグマ、偏見をベースに、なんとしてでも生活保護費を削減したい政府自民党の数に押し切られてしまいました。
生活扶助基準引き下げは3年間(2015年まで)にわたり、子どものいる多人数世帯では最大10%の引き下げになります。これは現在生活保護を利用している世帯だけでなく、生活保護基準ぎりぎりで生活している人たち、就学援助や地方税非課税の制度を利用している人たちに直接影響を与え、さらに最低賃金や年金の支給額が引き下げられる可能性もあります。決して生活保護利用者だけの問題ではなく貧困の拡大をどうするのかという政治問題なのです。
(生活扶助基準引き下げの経緯と問題点については
『福祉労働138号』(定価1200円+税)で自立生活サポートセンターもやい代表の稲葉剛さんが分かりやすく報告してくださっています。)
リーマンショック以降の雇用破壊が進み貧困が拡大するなか、稼働年齢層で生活保護利用者が急増している(住宅・医療・教育等の社会政策が貧弱な日本において、雇用保険が切れた・加入できなかった若年稼働年齢層にとって、生きていくために実質的に使える制度は生活保護しかないため、増加は当たり前)にもかかわらず、政府は申請抑制で生活保護制度をさらに使いづらくし、生活保護からの「自立」指導(=追い出し)を強化しようとしています。昨年のお笑いタレントの母親が生活保護を利用していたことに端を発したバッシングが扶養義務調査の厳格化(3親等以内の親族には原則扶養調査をする)に拡大し、申請にあたっては様式化された書類でなければ受け付けない、自立支援を前面に打ち出し就労指導・指示権限の強化を盛り込んだ生活保護法「改正」案が政府から提出されました。
『How to生活保護』は、初版の1991年以来ずっと、面接相談現場や生保受給中のあまりにひどい対応に、せめて法制度に則った運用をしようと、生活保護運用現場から現実的な提言を繰り返してきました。地方都市で生活福祉課面接相談員をされている方からは、「『生活保護手帳』は読めば読むほど不明な点が出てきますが、この本は基本を更にわかりやすく書いてあり、通勤電車の中で読んで仕事に向かっています」という読者カードをいただいています。しかし、法律自体が水際作戦や追い出し作戦を追認する申請の様式化や扶養義務調査の強化、就労指導・指示権限の強化などを認めたものに改悪されたら、今まで『How to 生活保護』が提言してきたことの土台が崩壊してしまい、現状の対応が輪をかけてひどくなっていくことが懸念されます。
数の論理から言えば、生活保護法「改正」案とセットの生活困窮者自立支援法は6月の国会で成立してしまうと思われました。そのため、本書の「制度の概要」や「申請・利用の手引き」のストーリーは、大幅な改訂を覚悟せざるを得ませんでした。なにしろ、腰痛のため失職し、1年以上職探しをするが見つからずに貯金も底を突き、友人に家賃代を借金するまで追い詰められ、ようやく生活保護の相談に訪れた55歳の大卒男性に対し、遠方に暮らす兄(58歳、農業)には扶養照会と何かあったときの連絡先確保のため連絡を取るが、離婚して別居している娘(主婦で個人の収入はない)には扶養照会を送らない。2回目の面接で生活保護利用申請を受け、決定後のケースワーカーの指示は、家賃が住宅扶助基準より高い賃貸マンションから基準内のアパートに引っ越すことと(どの不動産屋が安い物件を扱っているかのアドバイス付き)、職探しよりもまずは腰痛治療のため医者に行くこと、なのだから法改悪以前に利用抑制を是とする現状でさえ、「ありえない」(しかし法制度に則った)運用なのですから。(ちなみに本書のストーリーは架空の人物設定ではあるが、制度運用の細部にわたる事例はすべて実際にあったこと。)
しかし、派遣村に端を発した反貧困運動の蓄積を基盤にしたホームレスや生活困窮者の支援団体、弁護士、福祉職員、労組関係者などの粘り強い活動が法案審議・採決を遅らせ、結果的に参議院本会議での首相問責決議案可決で審議打ち切り、残された重要法案と共にこの2法案も廃案となりました。(生活保護改悪法案と生活困窮者自立支援法については、
『福祉労働140号』(定価1200円+税)で、生活困窮者の自立支援検討会の委員として検討に参画した藤田孝典さんが報告してくださっています。)
この間、国会を取り巻く生活保護改悪反対のデモや院内集会には、恐らく初めてではないかと思いますが、生活保護利用の当事者が顔を出して声を上げました。つき合いの深い障害者運動では障害当事者が運動をけん引し、障害施策をつくらせてきたことを思うと、生活保護利用における当事者の立場の弱さ(障害は本人の責任ではないけれど、生活保護利用になったのは自己責任と世間は見る)、スティグマの根深さを思わざるをえません。
とりあえず8月発行の今年度版では、生活扶助他の基準額の変更と生活扶助の計算方法、勤労控除の変更などが主な変更点で、制度の根幹にかかわるような大きな直しをしなくてすみました。ただし自民党にとっては生保利用抑制は既定路線で、参院選で大勝した今、改悪法案は再提出されることは必至です。
生活保護利用者への衆人監視体制の条例を作った自治体など、生活保護利用者は「社会のお荷物」という市民の蔑視感を基に、生活保護を利用しにくくさせる雰囲気がますます強くなっています。しかし、失業も貧困もその大多数は個人の責任ではなく社会環境の悪化のせいであり、生活保護法は生存権保障の最後の砦として、貧困の原因を問うことなく、要件を満たせばだれでも利用する権利があります。むしろ仕事も、お金も、住まいも、家族も、友人も、自分の健康や生きる意欲も、なにもかもなくして再起のめども立たなくなるまで自分を追い詰める前に、生活保護を利用して生活を安定させ、仕事を見つける努力をしたほうが社会全体の損失は少なくなるのではないでしょうか。
そのためには何よりも生活保護運用現場(福祉事務所)のマンパワー(質・量の拡大)が必要です。公務員削減圧力が働く中、生活保護利用者の急増に現場の対応は全く追いついていません。それ故、申請を受け付ければ保護開始か否かの調査をし、原則2週間以内に決定しなくてはならず、それが間に合わないから申請を受け付けないという、民間営利企業では考えられないような理由で申請抑制が行われています。そのような実態の中で、扶養義務調査の強化などは余計な事務仕事を増やすだけなのですが、目的は不正受給をなくすことではなく、扶養義務調査が身内に行くのを恐れて相談自体をためらわせることなのでしょう。
本書は、生活保護運用現場の職員だからこそ、現場に必要な制度改革と、現行制度の下でも実行可能な適正な運用のしかたについて様々に提言してきました。家族の在り方や医療・福祉制度が様々に変わっている現在、確かに生活制度は現状に合わないところが出てきており(世帯単位の原則、保険証がなく福祉事務所が発効した医療券をその都度持っていくなど)、改正は必要でしょう。障害者制度改革の例に倣えば、制度運用者、周辺機関の関係者、利用当事者、研究者、市民などから構成された生活保護改正の検討会での国民的議論が必要なのだと思います。
今秋の国会での生活保護改悪に反対する闘いは続くし、全面改訂の準備も続く……。(猫)