『[増補新装版]優生保護法が犯した罪――子どもをもつことを奪われた人々』発刊によせて
旧優生保護下で強制的に不妊手術を受けさせられた被害者が国家賠償訴訟を提訴し、政府、国会内でも被害者「救済」に向けての動きがようやく出て(3月6日に超党派の「旧優生保護法下における強制不妊手術について考える議員連盟が発足、14日、政府が実態調査に乗り出す方針を固めた)、関連のマスコミ報道も活発に行われています。
しかし、この問題に関する実態の解明と被害者への謝罪と公的補償を求める運動は、20年前の1997年から始まっています。
1948年に議員立法で成立した優生保護法は、「不良な子孫の出生の防止」と母体の生命健康の保護を目的とし、刑法堕胎罪の例外規定として条件付きで中絶を合法化。遺伝性疾患やハンセン病を理由とした人工妊娠中絶や不妊手術を許可、遺伝性疾患を対象とした強制不妊手術を認めた法律です。
優生保護法の前身はナチスドイツの「遺伝病子孫予防法(断種法)」にならってつくられた「国民優生法」(1940年制定)と言われますが、国民優生法がその対象者を遺伝性疾患に限定したこと、また本人・(本人に判断能力ない場合は)保護者同意の原則が適用されたこと、そもそも「産めよ殖やせよ」の戦時中にあって産児制限に積極的ではないことから、実際に対象となった人は五百数十名でした。
それに比して優生保護法はハンセン病者など遺伝性疾患以外に対象を拡大し、また「本人の意思に反しても」強制的に行えるとして、「身体の拘束」「麻酔薬施用」、そし「欺罔(だます)」という手段を用いてかまわないと明言されているように、戦後の優生保護法のほうが、はるかに対象を拡大し、その方法も強制力を増しているわけです。(厚生労働省が全国都道府県から上がってきた数字を集計した結果、本人同意を必要としない強制手術を受けさせられた人だけで1万6475人。)
1995年の北京女性会議で、日本の障害者団体・女性団体が優生保護法の問題を世界に訴えたことから国際的非難を浴び、96年、優生保護法は優生条項を削除して母体保護法に改正されました。しかし、その際、旧優生保護法下で強制的に不妊手術や違法な子宮摘出などを受けた被害者の実態調査や謝罪・補償は一切議論されることはありませんでした。
1997年8月、福祉先進国スウェーデンで強制不妊手術が1970年代まで行われていたことが地元紙でクローズアップされ、日本でも「あの福祉国家が……」という論調で報道されまた。しかし、スウェーデンでもドイツでも被害者への公的補償がなされています。
こうした経緯の中で、同年発足した「優生手術に対する謝罪を求める会(求める会)」は、優生手術の実態解明と被害者に対する謝罪と公的補償を求める要望書を厚生省に提出、被害証言の掘り起こしと謝罪と補償の道を探ることを目的に、旧版の『優生保護法が犯した罪−子どもをもつことを奪われた人々』を2003年に出版しました。
しかしながら、本書の中で強制不妊手術を受けた被害を訴えられた飯塚淳子さん(仮名)に対しては、優生保護審査会の書類が飯塚さんの手術が行われた昭和38年度分は紛失していて事実関係を明らかにできない、また当時は合法であったとして、宮城県知事、厚生労働大臣あての補償を求める訴えには門前払いでした。
旧版の『優生保護法が犯した罪』はここ数年、品切れ状態でしたが、この間の日本政府に対する、人権規約委員会、女性差別撤廃委員会からの被害者への補償を求める勧告が相次いでなされ、また昨年、旧版で被害を訴えられていた、飯塚淳子さんからの人権救済申し立てに対し、日弁連が「補償等の適切な措置を求める意見書」を発表、その報道の中で新たな被害者が名乗り上げるなど、運動に新たな展開をみられました。
そして、この機会に、この間の運動の軌跡と被害者の新証言、国際機関からの勧告、日弁連意見書などの資料、52ページを追加し、優生保護法が助長した障害者差別と偏見を根本から見直すために、増補新装版をいま改めて世に出しました。
本書の中で、優生保護法にさえ違反する子宮へのコバルト照射で生理をなくさせられた佐々木千津子さん(広島青い芝の会、2013年8月18日に65歳で急逝)は、生理の始末が自分でできなければ施設に入れないと言われ、家族の負担を考え手術に同意しましたが、「生理がなくなること=子どもができなくなることと知っていたら、絶対に受けなかった」「補償はいらない、ただ謝ってほしい」と訴えています。
今回、旧優生保護法下の強制不妊手術、違法な手術に関するマスコミの取材・調査の中で、広島TVによって、佐々木さんが広島市民病院で手術を受けた当時の産婦人科部長・土光医師へのインタビューが実現し、「するべきではなかった」とおっしゃっていました。佐々木さんの存命中、佐々木さんが所属する障害者団体が市民病院と交渉した際には、結局、「当時の医師の記憶になく、資料も出てこなかった」ということでうやむやに終わらせられていました。せめて、佐々木さんが生きているうちに、証言してほしかったと思います。
『[増補新装版]優生保護法が犯した罪』を佐々木さんはじめ、障害者に対して子どもをもつべきでない、子どもができてもどうせ育てられないのだからという差別と偏見の中で、不当に不妊手術や子宮摘出手術を受けさせられ、被害を訴えることができないまま亡くなられた無名の被害者の方々に捧げます。(猫)