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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第103回 |
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件名:排外主義と社会的感染症 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
新型コロナウイルス感染症の拡大で……というフレーズではじまる文書を、2月の末から何度目にしたかことか。安倍首相が出した突然の一斉休校の要請(事実上は強制)から3ヶ月。緊急事態宣言の発令(4月7日)から数えれば約50日。5月25日には宣言もいちおう解除され、COVID-19の少なくとも日本での第一波は、下火に向かいつつある、ように見えます。 いまとなっては〈発症者や死亡者などの統計を見れば、日本だけでも一年間でインフルエンザで数万人が死んでいるのに、これほど恐れる必要が本当にあるのだろうか、とどうしても思いたくなる〉という貴君の説は、当たっていたような気がしてくるよね。 とはいえ〈でもこれは書けない(ここに書いてしまったけれど)。絶対に炎上する〉という貴君のボヤキが、日本の現在を象徴している気がします。 ほかにも「これは書けない」という話はいっぱいある。書けないから書かないけど。
リスクとハザードの話はおもしろかったです。新型コロナウイルスがリスクなのかハザードなのかは私にもわからないので、楽観か悲観かといえば、やや悲観寄りで行動することにはなったけれど、二つが渾然としたときにパニックになるという話は納得できる。 それに関連して、もっとも嫌な感じだったのは、やはり「自粛警察」の件ですね。関東大震災時の朝鮮人虐殺、国家総動員法時代の隣組なんかを、どうしても思い出してしまう。平常心をなくした災害時、あるいは国家の方針で何らかの要請(事実上は強制)が出たときに、日本人は何をやりだすかわかんないと思ったよ。 そもそもメディアが先導して「自粛警察」に血道を上げてたもんね。潮干狩りや川原のバーベキューに出て来た人、パチンコ店に行列してる人にマイクを向けて、「こいつがルール違反の非国民」といわんばかりに印象づける。自警団そのものだ。 沖縄に行ってて感染した芸能人へのバッシングも予想以上だったし、車の「他県ナンバー狩り」もすごく気になる。県をまたいで移動するなという要請(事実上は強制)はまだ解除されていないから、 品川ナンバーの車で遊びに行ったりしたら、ひどいめにあうのだろうか。以前はどこに行っても「どちらから?」と聞かれ、「東京」と答えると「それはそれは遠くからようこそ」みたいな感じだったけど、これからは「え、東京?」と露骨に嫌な顔をされるのかもしれない。
この延長線上で、どんなことが起こるのか。端的にいえば、排外主義ですよね。 地方都市の友人と話してて「東京とはちがうんだ」と思ったのは、彼らは県内の感染者の個人情報を変によく知ってるんだよね。何人目は○○町の住民だったとか、何人目は東京から帰ってきた大学生だったとか。 森君も知ってる新潟市のことでいうと、「感染者はみんな東新潟だから、こっち(西新潟)は大丈夫」とかいうわけよ(これはしばらく前の話なので今はわからないんだけど)。旧新潟市(合併前の新潟市)は、信濃川を挟んで東側を東新潟、西側を西新潟と呼ぶ習慣がある(ちなみに新潟駅は東新潟。新潟高校は西新潟)なので西新潟の住民である友人の認識では「ウイルスは、信濃川のこっち側にはまだ来ていない」という話になるわけだね。橋が四つ(?)も架かってんだから、そんなもの簡単に越えるよ、と思うんだけどさ。
東京では、住所や年齢や属性の詳細までは報じられていないけど、感染者がさほど多くない地方都市だと、ローカルメディア(地方紙や地元放送局)が感染者情報をある程度伝えているのではないだろうか。あるいはSNSや口コミで伝わるのか。 感染症はどうしても水際作戦と一体化せざるを得ないところがある。初期は中国(武漢)から、そのあとはヨーロッパから、来日または帰国した人が感染源の疑いありとして、隔離された。 「ウイルスは外からやってくる」 この認識が植えつけられると、非常にいやな感じになりますよね。 一方では、日本経済はインバウンド観光に頼っている現実があり、中国人観光客がいないと町が寂しいな、早く戻ってきて欲しいなあ……と私なんかは呑気に思っていたのだが、半面、「外国人の観光客は行儀が悪くいやだ」という意見も、前からあったわけじゃない? それが助長されると、ろくなことにならない。
ちょっとは話はちがうけど、クビアカツヤカミキリって知ってます? 特定外来生物に去年、指定されたのね。サクラやモモにつく昆虫(害虫)で、大量発生すると木を枯死させる。原産地は「中国、モンゴル、韓国、北朝鮮等」。 朝日新聞の記事(2018年8月8日)によると…… 〈クビアカは12年に愛知県で初めて見つかり、環境省によると、これまで埼玉、東京、群馬、栃木、大阪、徳島の7都府県で被害が確認された。原産地は中国や朝鮮半島など。中国からの貨物に紛れて侵入した可能性が高いとみられる〉 で、何がいいたいかというと、クビアカツヤカミキリに対する態度が、新型コロナウイルスに対する態度と似てるわけ。クビアカの駆除に必死な自治体は少なくない。なにしろ、花見の名所なんかのサクラの敵だから。さっきの朝日の記事の続きにはこう書かれている。
〈大阪府堺市は8月末まで、ホームページで「ハンター」を募っている。クビアカを見つけ、写真を送った市民に抽選で記念品を贈呈。これまでに3件の情報が寄せられた。担当者は「成虫が飛ぶ夏場に、早期発見をお願いしたい」。 被害が広がる徳島県では、県立農林水産総合技術支援センターの中野昭雄上席研究員らが昨年、クラウドファンディングで研究資金を募った。これまでに集めた550万円を原資に、地元の大学生に成虫採取を呼びかけ、1匹500円で買い取っている〉
すごくない? 完全にクビアカ狩りだ。外来生物は生態系に影響するから要注意というのは、まあわかりますよ。でもさ「外から来た敵」に対する過剰な敵意と、見つけたら通報せよ、見つけたら即駆除だという攻撃的な態度(しかも自治体主導)は、非常に気になる。 ウイルスや外来生物を見る目は、排外主義そのもの。それは簡単に人を見る目に転換する。
日赤(日本赤十字社)が出している情報が、わかりやすくて参考になりました。題して「新型コロナウイルス感染症が引き起こす三つの感染症」。 第1の感染症は「体の感染症」病気そのもの 第2の感染症は「心理的感染症」不安と恐れ 第3の感染症は「社会的感染症」嫌悪・偏見・差別
動画による解説 https://www.youtube.com/watch?v=0TUdYQJofp4
子ども向けのパンフ http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/pdf/211841aef10ec4c3614a0f659d2f1e2037c5268c.pdf
社会的感染症という言葉は「自粛警察」よりずっといい。時間があったら見てみてください。
斎藤美奈子
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