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WEBマガジン 21/01/29


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第111回

件名:コロナと人権
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 新型コロナウイルスの感染拡大から、1年がたちました。
 1年たっても収束のきざしは見えず、まあ長丁場になるだろうとは思っていたけど、東京ほか11都府県は、もっか「二度目の緊急事態宣言」下にあります。にもかかわらず、この期に及んでまだ政府がGoToキャンペーンを再開したいだの、「ウイルスに打ち勝った証として東京五輪をやる」だのいっているのを見ると、「このぶんでは収束にはほど遠い」と思わざるを得ませんね。
 
 前回、貴君は〈国民の多くは眉をひそめて終わり。「こんにちは、ガースーです」に多くの人が怒らない国なのだ〉と書いていたけど、さすがに怒ってはいるでしょう。
 どうしてそう、「この国の住人はダメなのだ」って、いいたがるかなあ。「怒っている」のを示すにはどうしたらいいいの? 国会前でデモでもすればいいの? 仕事や介護や子育てでデモができない人はどうするの? 行動を起こさなければ「怒ってない」と判断されるの? 「こんにちは、ガースーです」なんかどうでもいいよ、そんなことよりワシの生活だよ、と思っちゃいかんの?

  と、ついつい突っかかってしまいましたが、「国民が怒っている」証拠のひとつは内閣支持率だよね。直近の1月の世論調査では、菅政権の支持率は、確実に、順調に、下降しています。

時事通信(8-11日)………支持34.2%、不支持39.7%
共同通信(9-10日)………支持41.3%、不支持42.8%
NHK(9-11日)……………支持40%、不支持41%
読売新聞(15-17日)……支持39%、不支持49%
毎日新聞(16日)…………支持33%、不支持57%
朝日新聞(23-24日)……支持33%、不支持45%
産経新聞(23-24日)……支持52.3%、不支持45.0%
 
 産経の結果だけがなぜほかと違うんだ!? ということが話題になっていましたが、それを別にすれば、不支持が支持をいずれも上回った。今回調査ではじめて支持と不支持が逆転したところもあり、いずれにしても、昨年12月から今年1月にかけて、政権離れが急速に進んだことがわかる。 
 理由はやっぱりデタラメなコロナ対策だよね。どの調査でも、政府のコロナ対策は「評価できない」が6割以上、2度目の緊急事態宣言を出すのは「遅すぎた」が7〜8割、東京五輪は「中止または延期」にすべきだが8割。市民の多くは「感染症を押さえ込むのが先決だ」と思ってる。この数字はわりと納得がいくものだと思うけどな。

 ただ、本題はそのことではなく、数字に出てこないだけで、まったく違った風に思ってる人が、じつはけっこういるんじゃないか。っていうことです。
 森達也編『定点観測 新型コロナウイルスと私たちの社会』第2弾(論創社)の原稿にも書いたんだけど、「新型コロナはインフルエンザと同じただの風邪」「大騒ぎしているマスコミは不安を煽りすぎ」「それに乗せられている日本人もバカばっか」という論者が、潜在的にはかなりいるような気がする。上の原稿を書くために、保守論壇誌とその周辺をいろいろ読んでそう思った。
 「新型コロナただの風邪」と主張する楽観論者は、感染症を(過剰に)おそれる人を「コロナ脳」と呼び、PCR検査を拡充させるべきだという人を「PCR真理教」と呼んで、徹底的に揶揄し、ときには攻撃する。代表的な「ただの風邪」論者のひとりは、小林よしのりですね。彼は『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論』(幻冬舎・8月刊)、その続編(12月刊)を出していて、日本人はコロナで騒ぎすぎだ、これはインフォデミック(誤った情報の氾濫状態)だと主張している。
 その伝でいくと、緊急事態宣言を肯定するのも、自粛政策に進んで従うのも、検査態勢を拡充して陽性者を隔離するのも「自粛・全体主義」ってことになるわけだね。

 楽観論者の説を読んでると、「これはいつかどこかで見た風景だ」ということに気づく。
 ひとつは福島第一原発の事故。あのあと放射能汚染を(過剰に?)恐れる人たちを「放射脳」と呼んでバカにする風潮があったじゃない? 福島から自主避難する人も、身体の不調を訴える人も、福島産の農産物や水産物を避ける人も「非科学的な放射脳」の連中だ、と。彼らは根拠のない風評被害をまきちらかし、福島差別を助長している、という主張ね。
 一見これは「人権」を尊重した議論にみえるけど、自主避難者や農産物回避者にも自己決定権はあるわけだし、原発事故と低線量放射能被曝の健康被害の因果関係については、わかっていないことも多い。過剰防衛だといわれても、自己防衛をする人がいるのは当たり前だよね。
 しかし、この問題は「脱原発派」の間でも見解が分かれて、結果的に低線量被曝のリスクを心配する人たちの主張は退けられるか、表だっては口にしにくいものになってしまった。

 もうひとつ、コロナ楽観論者と重なるのは歴史修正主義者の言説。
 『ゴー宣 コロナ論』と『ゴー宣 戦争論』は同じ論法で書かれている。
 世間一般でいわれている「先の戦争の評価/新型コロナウイルスの評価」はまちがっている→君たちはまんまと騙されているのだ→わしが正しい知識を授けてやる!
 こういうものの言い方は感染力が強いから、じわじわと、またはあっというまに賛同者を増やしていく。それでたとえば、ツイッター上にはこんな匿名の意見が出てくるわけだ。

 〈3・11の津波で原発事故が起きた時、被災者の支援も何もせずに「福島は危険だ」と言い続けて風評被害を煽る#放射脳も、今回の武漢ウイルスで必要以上に不安を煽ってやれ自粛だやれ他所者は来るなだと騒ぎ立てる #コロナ脳も結局似た者同士なんだよな。要は反日クソ左翼〉(8月)
 〈左翼というのは物事を上っ面だけでしか見れない。差別があれば差別はよくないと叫ぶし、感染が広がればロックダウンしろと叫ぶ。何故そうなのかを全く考えられない。ツイッターだと面白い具合に左翼はコロナ脳だし、コロナ脳は左翼。自分のことを頭がいいとは思わないけど、左翼は本当に頭が悪いと思う〉(10月)

 なんでコロナが「反日左翼」批判に行くのか、さっぱりわけがわからないけど、どこかで見たような言い回しになるのは、パターン化された思考方法が身についちゃっているからなのだろうね。そこに「自分は歴史学者より歴史のことを知っている」「自分は感染症の専門家よりコロナウイルスに詳しい」という無根拠な自信がドッキングしているから、もう目も当てられない。
 ただ、この種の言説を放置できないことは、歴史修正主義の経験が教えている。 
 南京虐殺はなかった、慰安婦は性奴隷ではない、関東大震災時の朝鮮人虐殺は虐殺ではない、先の戦争や植民地支配に対して反省や謝罪を示すのは自虐史観である……。当初、誰にも相手にされなかったこの種の言説は、いつのまにか教科書の記述や、外交にまで影響を及ぼしたわけだよね。嫌韓反中やヘイトスピーチの蔓延も修正主義と無関係ではない。
 コロナ楽観論も、同じ道をたどって、コロナでいちいち騒ぐのは非科学的なバカ→「経済を回す」ほうが何倍も重要に決まっている→コロナで死ぬのはどうせ一部の高齢者なのだからある程度は仕方がない、みたいな論理に回収されかねない。

 菅政権がGoToやオリンピックに固執する半面、手厚い保証を渋るのも、宴会やクラブ通いにうつつをぬかす議員が絶えないのも、根底には「コロナなんかただの風邪」「多少の犠牲者が出るのは仕方がない」「大騒ぎしている国民は反日左翼」という気持ちがあるからだとしか思えない。
 とはいえ、左派リベラルの中にも「緊急事態宣言は人権侵害だ」「そんなものを市民が自ら要求するのは倒錯だ」「戦時中と同じじゃないか」という人もいるわけです。森達也式にいえば「国民の多くは自粛要請に唯々諾々と従っている。私権を制限する緊急事態宣言に多くの人が怒らない国なのだ」っていう発想ですね(あなたがそう思っているっていう意味じゃありません、もちろん)。
 最終的には新型コロナウイルスの毒性をどの程度と評価するかなのだろうけれど、「新型コロナと人権」の問題はじつは非常に複雑で、簡単には答えが出せません。

 ところで菅政権の支持率ですけど、このあとどうなると思います? これで下げ止まりとなるのか、もっと落ちるのか、それとも再び回復するのか。私は意外に回復するような気がするんだよね。
 テレビのニュースやワイドショーは、数日前から急に「ワクチン情報」にシフトしはじめた。河野太郎をワクチン担当大臣に指名したのも含め、これは菅政権の支持率浮揚策だと思うわけ。医療崩壊や自宅放置による死者の増加から人々の目をそらし、将来に希望をもたせる作戦。たとえ「やってるふり」だとしても、この「ふり」は、自粛や三密回避や手指消毒に辟易している人たちにたぶん効く。
 そして私たちはまたうんざりし、「この国の国民はなんてチョロいんだ」と嘆く……のだろうか。私としては支持率10%台くらいに落ちてほしいですけどね。

斎藤美奈子

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