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WEBマガジン 21/03/26


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第113回

件名:差別発言と「わきまえない」効果
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 先月、貴君が指摘していた政治家や官僚の「接待疑惑」は、まだまだ出てくる感じですね。そして相変わらずスクープを飛ばすのは「週刊文春」と「しんぶん赤旗」である。総務省接待疑惑を次々打ってきた「週刊文春」に対し、先週(3月22日)、文科相接待疑惑をぬいたのは「赤旗」だった。
 ただ、文春の情報には敏感に反応する他紙も、赤旗は無視するか続報をなかなか出さない。なんでなのかな。このままウヤムヤにせず、しっかり追求してほしいです。

 ところで、2月、3月のトピックとして特筆すべきは、やはり性差別発言問題でしょう。後学のために、ざっとおさらいしておくと……。

★森喜朗会長の性差別発言事件(2月3日)
五輪組織委員会の森喜朗会長が、JOC臨時評議員会で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と発言した。「私どもの組織委員会に女性は7人くらいか。7人くらいおりますが、みなさん、わきまえておられて」とも彼はいった。
 これが世界中に発信されて、SNS上には「#わきまえない女」というハッシュタグが立ち、大きな批判が巻き起こった。それで、すったもんだの末、当初は「辞めない」といっていた森会長は辞任に追い込まれた。彼を辞めさせたのは、明らかに市民の声の力だったよね。 
 後任が橋本聖子でよかったのという意見もあるとは思うが、ともかくあそこで彼をやめさせないと、あの発言はOKだってことになっちゃうからさ。
  この件は、以下の2つの観点で、大きな意義があったと思う。

(A)組織の構成メンバーの男女比の不均衡が顕在化した。
(B)性差別発言は誰であろうと許されないというコンセンサスができた。

 (A)の成果としては、曲がりなりにも五輪組織委員会の理事の女性比率が上がったこと。
 いままでは34人中、女性は7人で2割。改革後は、理事の定員を45人に広げ、増員できる12人分の枠にすべて女性を充てて、女性比率は4割。
 理事枠を拡大するのか。男女を交代させたら男性理事からブーイングの嵐になるんだろうな(苦笑)とは思ったが、それでも一歩前進は前進でしょう。この結果は大なり小なり、官民問わず、他の組織にも波及効果をもたらすだろうからね。

 (B)については、森発言の類似案件が次々明るみに出たことがあげられる。
 以下、列挙します。
  
 ★五輪セレモニー責任者の容姿侮蔑発言事件(3月18日)
 これも五輪がらみ。開閉会式の演出を統括する佐々木宏氏が、タレントの渡辺直美さんの容姿をネタにした演出案を提案していたと報じられた(すっぱ抜いたのはまたもや「週刊文春」)。
 これもひどい話だった。佐々木氏当人の謝罪文から一部を引用すると……。

 〈オリンピックの語尾をピッグという駄洒落にして、オリンピッグという名前のピンク色の衣装で、耳がぶたのはどうだろう、というような発案をしましたアイデアをLINE上で書き、みんなの意見を聞きましたが、すぐに、MIKIKOさんから「ピンとこない、」他のメンバーからは手厳しく「面白くない」「女性を豚に例えるなんてありえない」「一時的なアイデアだとしても、言うべきじゃない」などと、LINE上で、スタッフから非常に怒られ私も、その場で、大変恥ずかしながら、スタッフからの率直な直言で目が覚めました〉

 それで彼は責任者を辞任した。当然でしょうね。
 この件については、企画段階でのLINEのやりとりが「漏れた」ことに対する疑問の声もあがっていたけど、ことは税金を盛大に使って行われる大イベント。ここでのやりとりは、いわば五輪演出チームの議事録と同じじゃない? クローズドの場では何を言ってもいいと風潮に釘を刺すという意味でも、「漏らした」のは正しかったよ。
 「本人は芸人だから気にしていないはずだ」というバカな意見も出てたけど、これについては渡辺さん自身の動画できっぱりと否定した。「もしも、その演出プランが採用されて、私の所にきた場合は、私は絶対断ってますし、その演出を私は批判すると思う。目の前でちゃんと言うと思う」。
 この反論はルッキズムを散々笑いのネタにしてきた日本のお笑い業界にも一石を投じたよね。

★日テレ「スッキリ」アイヌ差別事件(3月12日)
 性差別ではないけれど、同じ差別表現問題として、お笑い芸人が番組内でアイヌ民族にひっかけた駄洒落を口にした(テロップまで出てた)。 北海道アイヌ協会が抗議し、やはり大きな批判の声があがった。こんなの、即番組打ち切りになってもおかしくないレベルだよ。
 さすがの政府も見過ごせなかったのか、15日には加藤官房長官が「番組における表現はアイヌの人々を傷つける極めて不適切なものであり、誠に遺憾だ」と表明し、日テレに抗議したと述べた。22日には、日テレの小杉会長が「アイヌ民族の皆さまが差別を受けてきたことへの理解が制作担当者に足りておらず、放送した言葉が直接的な差別表現であることの認識が欠如していた」と謝罪した。
 日本政府自体がアイヌ民族に対する加害の歴史を直視していないわけだから、こういうことになった背景には政府の責任もあると思う。ただ、この件は日本社会が差別にいかに鈍感かをあらためてあぶり出す結果になった。人権教育、反差別教育をちゃんとやらないと、ヤバイでしょう日本。

 そして直近のニュースが次の2件。
 
★テレ朝「報ステ」差別PR動画事件(3月24日)
 テレビ朝日の報道ステーションのCM動画が性差別的だとして「炎上」した。若い女性が画面に向かって語りかけるこの動画で、特に問題になったのはこの部分ね。

 〈会社の先輩、産休あけて赤ちゃん連れてきてたんだけど、もうすっごいかわいくって。どっかの政治家が「ジェンダー平等」とかって、いまスローガン的に掲げてる時点で、何それ、時代遅れって感じ〉

 これが報道番組のCMだとは、信じられない。まして森発言や五輪演出問題で、世間がいままでになくジェンダー問題に敏感になっているときに、これですからね。鈍感なんてレベルではなく、悪意があったか、頭がどうかしているとしか思えない。
 「文脈を読めば、必ずしも差別的な意図があったとはいえない」「読解力がない」というウスラトンカチな擁護論も出てたけど、なんで差別者の意図を汲んでやらなきゃいかんのよ。 「ジェンダー平等は時代遅れって感じ」と若い女性の口から言わせているだけでアウトでしょ。テレ朝は24日、問題のCM動画を削除して謝罪したけど、この謝罪文がまたサイテーだった。

〈今回のWebCMは、幅広い世代の皆様に番組を身近に感じていただきたいという意図で制作しました。ジェンダーの問題については、世界的に見ても立ち遅れが指摘される中、議論を超えて実践していく時代にあるという考えをお伝えしようとしたものでしたが、その意図をきちんとお伝えすることができませんでした。不快な思いをされた方がいらしたことを重く受け止め、お詫びするとともに、このWebCMは取り下げさせていただきます〉

 (あなたの読解力がないために)、私たちの(正しい)意図が伝わらなかったって話ですよね。これのどこをどう読めば「議論を超えて実践していく時代」という解釈になるかも不明だし、「不快な思いをされた方がいらした」という言い方で個人の感情のレベルに矮小化しているのも悪質。森発言や五輪演出問題の何が問題だったのか、テレ朝は何もわかってないんだね。

★歴史学者の性差別ツイッター事件(3月24日)
 国際日本文化センターの呉座勇一助教が、ツイッターで女性研究者への誹謗中傷を繰り返していたことが発覚。呉座氏はツイッターで謝罪し、来年のNHK大河ドラマの歴史考証からの降板を申し出た。呉座氏が所属する日文研も24日、「個人の表現の自由を逸脱した良識を欠く行為」として謝罪し、同氏に厳重注意したことを発表した。
 呉座さんはいわゆる「鍵アカウント」で差別的な発言をくり返していたみたいですね。問題が発覚してから私も一部を見たけれど、想像以上でびっくりした。 これも非公式の場、クローズドの場でならどんな発言も許されるという「気の緩み」が背景にあったのかもしれない。しかし、ハラスメントもイジメも差別発言も、ほとんどは「非公式の場」「クローズドの場」で行われるわけで、だから問題なんだよね。

 以上、3月の差別発言問題4連発でした。
 こういうことは、いままで何十年ものあいだ繰り返されてきて、「またか」ではあるのだが、いままでと違うのは、可視化されて、はっきりとした批判の対象になったこと。くだらない擁護論が出てきても、それを打ち消すくらい批判の声が大きかったということでしょう。SNSがプラスに作用した例といってもいいかもしれない(もちろんSNS上にも読むに堪えない差別発言は多いけど)。
 直接的な関係はないように見えるけど、森発言をキッカケに、もう「わきまえない」「黙らない」と決めた人が増えた結果だと私は思う。日本は世界に冠たる「ジェンダー平等」後進国だけど、それでも市民の意識は確実にアップデートされている。「おお、世の中変わったんだ」と思ったよ。

 20年近く前、私は「噂の真相」で、性差別的表現をあげつらう「性差万別」という連載をしてたんだけど(単行本化された『物は言いよう』が出たのは2004年)、当時の論壇はアンチ・フェミニズムの全盛期。バックラッシュの嵐でさ、当時とくらべると隔世の感がある。
 「物が言いにくい雰囲気になった」「生きにくくなったものだ」と嘆く人がいるけどさ、それは「あーあ、今まではのびのび人を差別できたのに、生きにくくなったものだ」と言ってるのと同じだからね。みんなもっと戦々恐々としたほうがいいのよ。私だってじつは戦々恐々だもん。

斎藤美奈子

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