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| アート・ミキ自伝 |
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![]() 装幀 大森裕二 |
■予約受付中! 【STORES】現代書館ウェブショップは、カード決済等でもご購入いただけます。発送手数料も無料! https://gendaishokanshop.stores.jp/items/6a61e23442133e1654f76b14 カナダで市民として暮らしていたにもかかわらず、第二次大戦中に「敵性外国人」として離散と抑留を強いられ、自国の政府によって財産や権利を奪われた日系カナダ人。謝罪と補償(リドレス)を求めた戦後のリドレス運動には、差別や偏見、遅々として進まない政府の対応、日系コミュニティ内部での対立など多くの壁が立ちはだかった。「多様性の国」カナダが真に公正であるかを問い、カナダ先住民の権利運動などにも影響を与えた不屈の闘いの舞台裏を、運動を率いた日系3世の著者がつづる。 本書は、リドレス運動の回想録としてだけでなく、日系移民とその各世代、日系カナダ人社会の複雑さについても知ることができる内容となっている。カナダへ渡り、戦時中の差別や困難な状況を生き抜いた一世は、個人補償よりもコミュニティ全体への補償を支持する傾向にあった。著者は、それは耐えた苦難のむなしさや、政府と争うことへの抵抗などを感じていたからかもしれないと述べる。また社会的にも経済的にも低い地位にあった移民であるそうした一世の親の子どもとして育った二世は、カナダの文化の中で生まれ育った世代で、中にはカナダ社会で生き延びるために自分たちの日本的な文化や価値観を捨て、主流社会に同化することを目指した人たちもいた。そのため補償に対する二世の考えは様々だった。そして三世は、親や祖父母とは異なる社会・経済的環境で育ち、日系としてのアイデンティティや文化的遺産に関心が薄い人もいれば、積極的にコミュニティに参加する人もいた。最終的に謝罪と一人当たり2万1000ドルの補償を勝ち取ったリドレス運動は、そうした痛みと葛藤の記憶や日系文化を上の世代から継承し、日系コミュニティに尊厳と未来をもたらしたものであった。 [著者略歴] アート(アーサー)・カズミ・ミキ Art (Arthur) Kazumi Miki 日系カナダ人3世。第二次世界大戦中の1942年、5歳のときに家族とともに強制移住を経験。その後日系カナダ人コミュ ニティにおいて指導者として活躍し、1984年から1992年まで全カナダ日系人協会(NAJC)の会長を務める。戦時中に抑留された日系カナダ人への補償実現のための運動を主導し、その功績によりカナダ最高の栄誉であるカナダ勲章、ならびにマニトバ勲章、日本政府からは旭日章を受章。また、ウィニペグ大学およびマニトバ大学セント・ジョンズ・カレッジから名誉博士号を授与されている。マニトバ日本文化協会およびアジアン・ヘリテージ・ソサエティ・オブ・マニトバの会長、カナダ人種関係財団顧問、カナダ市民権判事、ウィニペグ大学講師などを歴任。著書に『The Japanese Canadian Redress Legacy: A Community Revitalized』、『Shaku of Wondrous Grace: Through the Garden of Yoshimaru Abe』(ヘンリー・コジマとシルビア・ヤンセンとの共著)、『Road to Justice』などがある。 [訳者略歴] 松井洋子(まつい・ようこ) 1947年生まれ。大学卒業後、演出家の竹内敏晴氏より演劇・演出を、野口三千三氏より体操を学ぶ。ゲシュタルト療法の創始者フリッツ・パールズの弟子アン・シムキンより心理療法を学び、ワークショップを開催するほか、大学で「表現」の講師を務めた。また障害のある子どもたちの療育に関わり、YWCAことばの学校の講師を長年務めた。現在、「一般社団法人からだとこころの出会いの会」を主宰。体・心・声をひらく表現をめざす演劇の指導、演出家として活動。ハンディのある人達のための芸術活動を行う生活介護事業所「認定NPO法人Over the Rainbow」の理事長を務める。 |
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