現代書館

WEBマガジン 09/07/21


第一回 ノーテンキな裁判員制度を考える

森達也

 このあいだは久しぶりに会えてうれしかったです。いやよそゆきはやめよう。うれしかった。最初に現代書館の菊地さんから「斎藤美奈子さんとの対談本を作りませんか」と相談されたとき、「斎藤さんは乗ってこないような気がします」と答えたのだけど、その予測は半分は当たりで半分は外れ。
 当たりの部分は菊地さんからの打診に対して、当初は色よい返事を美奈子(呼び捨てにするけれどいいよね)がしなかったこと。外れたのは、菊地さんの粘りで最後には、「単なる対談本では興が乗らないけれど、メールを使った往信なら面白いかも」との返事が出てきたこと。僕もこれには賛成。確かに対談本では芸も工夫もない。そもそも「乗ってこないだろうな」と思った理由は、数年前に月刊誌の依頼で「旧友交歓」みたいなグラビア記事の依頼があったとき、編集者の目算では新潟高校同期生として斎藤美奈子と火坂雅志と森達也を並べたかったようだけど、結局は美奈子が「そんな『私はこうやって功なり名を遂げました』的な企画は嫌いなのよ」とあっさり断ったことを覚えていたから。編集者からこれを伝え聞いてこっちは赤面。そういえば火坂は今やすっかり時の人。まさしく功なり名を遂げちゃった。高校時代は女の子のナンパばかりしていたくせに。


斎藤美奈子
 
 どうも。さっそくの長いメール(長すぎ!)をありがとうございました。以下、森くんメールにコメントを挟み込むスタイルで、とりあえず書いてみます。
 少し訂正いたしますと、『文藝春秋』の「同級生交歓」(誌名をバラしてしまいますけど)をお断り申し上げたのは、正確にいうと「『私はこうやって功なり名を遂げました』的な企画は嫌い」ということではなく、『麗しき男性誌』という本の中で「こんなグラビアページに出る奴ってどうなのよ」みたいなことを書いたからです。自分でからかったページに、自分で出るわけにはいかないじゃないの。担当編集者は「こちらはまったく気にしてませんので」といってたけど、「少しは気にしなさいよ」といいたかったよ(笑)。
 あ、ちなみに火坂雅志も同級生という情報を文春編集者に提供したのは私です。ただ出ないってだけでは申し訳ないなと思ったので、せめてもの罪滅ぼしのつもりでした。ほんに、いまや彼はすっかり時の人だね。
 

森達也

 やりとりはメールだけど要するに往復書簡。このあいだの打ち合わせでは、先発の僕のほうからテーマを投げるようにと言われたけれど、メールを送信する予定の期日を四日過ぎた今も、まだ具体的なテーマが見つかっていない。まあでも、あのときにいろいろ話した中から、やっぱりこの時期はこれについて考えなくてはならないのかな、というテーマを選びました。
 5月21日に始まった裁判員制度。
 そもそも裁判員制度とは何か。今さらかもしれないけれど、一応の基本を抑えます。日弁連のホームページでは、まずは『私たちが裁判に参加する制度です』と大きな見出しを掲げてから、以下のように記述されている。

〈裁判員制度とは、刑事裁判に、国民のみなさんから選ばれた裁判員が参加する制度です。裁判員は、刑事裁判の審理に出席して証拠を見聞きし、裁判官と対等に議論して、被告人が有罪か無罪か(被告人が犯罪を行ったことにつき「合理的な疑問を残さない程度の証明」がなされたかどうか)を判断します。「合理的な疑問」とは、みなさんの良識に基づく疑問です。良識に照らして、少しでも疑問が残るときは無罪、疑問の余地はないと確信したときは有罪と判断することになります。有罪の場合には、さらに、法律に定められた範囲内で、どのような刑罰を宣告するかを決めます。裁判員制度の対象となるのは、殺人罪、強盗致死傷罪、傷害致死罪、現住建造物等放火罪、身代金目的誘拐罪などの重大な犯罪の疑いで起訴された事件です。原則として、裁判員6名と裁判官3人が、ひとつの事件を担当します。〉

「合理的な疑問を残さない程度の証明で有罪とする」と読み取れるけれど、このレトリックは無罪推定原則を逸脱しているとの合理的な疑問は残るけれど、まあ概要としてはこんなところだろう。とにかく三ヵ月後には始まる。先に結論を書くけれど、今この時期に裁判員制度を始めることは、整備不良でいつ事故が起こるかわからない車でいきなり高速に乗ってしまうようなものだと僕は思う。
 市民が司法に参加するという理念自体については悪いとは思わない。まあ本音を言えば、自分たちの手が足りない(もしくは手に余る)からという理由で一般から無作為に手伝う人を選ぶという理屈が他の業界で通用するか(あるなら教えてくれ)ということと、市民感覚がプロの裁判官に欠けていると本気で考えるのなら、裁判官に市民感覚を身に付けるような教育や環境作りをすることが先決ではないかとは思うけれど、理念自体は悪くはない。


斎藤美奈子

 うん。そうですね。理念はいつもたいてい立派だから。そして、立派そうな大義を掲げているものほど怪しい。日弁連も裁判員制度に賛成してるのかと思うとがっかりだけど。

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(以上、現在進行中の斎藤美奈子・森達也web対談より一部抜粋)

現在、斎藤美奈子・森達也両氏によるweb対談が進行中です。小社HPではお二人の対談進行にともない漸次、抜粋版をHPに掲載してまいります。今後は「人類はメディアで滅亡する」「台所と愛国心」等のテーマで対談が進んでまいります。なお、対談終了後、現代書館より書籍として出版致します。タイトル等書誌データも決定次第、このHPに掲載します。

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