現代書館

WEBマガジン 09/10/03


第五回 人類はメディアで滅亡する(4)

森達也   
 
 スーザン・ボイルについて、美奈子さんは知っている? 以下は4月19日に配信されたYOMIURI ON LINEの記事。
  
【ロンドン支局】イギリスのスター発掘テレビ番組で、スコットランドの無名の独身女性が歌を披露し、その才能が一躍、世界的な注目を浴びている。女性は、定職を持たない教会ボランティアのスーザン・ボイルさん(47)。ボイルさんは、今月11日放映の番組にあか抜けない姿で登場、最初は失笑を買ったが、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の名曲「夢やぶれて」を歌い出した途端、観客は総立ちに。動画投稿サイトでは3000万回以上も視聴され、外国メディアの注目も集めた。すでにレコード会社から契約の話も出ているという。地元メディアによると、ボイルさんは政府助成の公営住宅にネコと暮らしている。ここ数年は母親の介護に追われ、その母親が最近、死去。これまで大勢の前で歌を披露することもなく教会で歌い続けていたが、その母から生前、「挑戦してみなさい」と励まされ、番組に出たという。ボイルさんは「現代社会は人を見かけで判断しすぎ」と英紙に話している。  

 今や彼女は大スター。数日前のNHK7時のニュースでも紹介されていたし、民放のニュースでは、彼女の家の周りに多くのパパラッチが押しかけていることも報道されていた。読売の記事における「動画投稿サイト」とはYOUTUBEのこと。僕も見た。ステージにスーザンが登場すれば、最前列の観客たちはくすくすと忍び笑い。その容姿(はっきり書いちゃうととても不細工)と年齢に、あからさまに「まいったなあ」という表情を浮かべる審査員たち。でも彼女が歌いだすと同時に、審査員たちは驚愕の表情を浮かべ、観客たちも沈黙する。歌い終われば万雷の拍手。  

という感動ストーリー。

見事なやらせ。

 おそらくはというか間違いなく、彼女の容姿とその歌声のギャップに注目した番組制作者が、結果を予想して仕込んだストーリーだ。
この番組では2007年に、やっぱり無名のアマチュアだったテノール歌手、ポール・ポッツを誕生させて、大きな話題となっている。おそらくはその路線を、もう一度狙ったのだろう。イギリスに暮らす友人に聞いたら、「ショーアップされていることはみんなわかっているし、それはそれで楽しんでいる」だって。  それにやらせと演出は紙一重だ。その意味では、この番組自体を批判するつもりはまったくない。でもネットを媒介にして、この番組の断片が世界中に流通した。その結果として、リテラシーについてあまり考えていない人たちは、奇跡の感動ストーリーとして解釈してしまう。
そして何よりもこの国の場合、(映像の専門職であるはずのテレビメディアも含めて)これほどに多くの人たちが、映像のトリックを無邪気に信じ込んでしまっている。



斎藤美奈子
 
 うん。知ってるよ、スーザン・ボイルさん。
 だけど、そうか。やらせだったのか(という風にいわれてはじめて気づくのが、映像リテラシーの高い森達也と映像に関してはナイーヴな斎藤のちがいですね)。
 でもまあ、それはありうる線ですね。彼女はクラブなどでも歌っていたそうですから、彼女の歌声を聞いたテレビ関係者が「やらせ=演出」を思いついても不思議ではない。

 見た目と中身のギャップということで思い出すのは、亡くなった宜保愛子さんです。彼女は霊能者として売っていたけど、じつは調査能力が非常に高い人だったと聞いています。だから芸能人なんかの生活環境を「言い当てる」ことができたわけですが、世間は「あんなオバサンにCIAみたいなことができるわけない」と思っていた。だから、みんなまんま騙された。世間の差別的な目を逆手にとって成功した例でしょう。



森達也   
 
 メディア・リテラシーの知識と心構えがもっとも必要なのは、メディアの情報を受ける側ではなくて発信する側なのかもしれない。納豆ダイエットや奇跡の感動ストーリーなら罪はないけれど、でも同じ位相で「あの国は危険だからやっつけろ」とか「この指導者についてゆこう」式のプロパガンダがなされたら、相当にまずいことになる。 ネットは怖い。テレビも怖い。いずれこの二つは完全に融合する。強烈なメディアだ。以前僕は、人類が未来において滅ぶ理由は、隕石激突でもないし宇宙人襲撃でもないし氷河期でもなく、メディアか共同体の負の作用だと書いたけれど、やっぱりメディアかもしれない。

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