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第十六回 口蹄疫と危機意識 |
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森 達也
斎藤美奈子 様
鳩山辞任のその日、NHKの仕事でワシントンDCにいたのだけど、取材していたワシントンポストの記者から、「なぜ鳩山が辞めなければならなかったのか、どうもいまひとつピンとこないのだけど」と逆に質問されました。 あなたが日本人のメディア関係者なら理由を教えてくれということなのだろうけれど、実のところ僕にもわからない。母親からの巨額の仕送りとその使途が不明であることが問題になったのはずいぶん前だし、法的な決着もついている。普天間問題について説明すれば、「ならば鳩山は米軍基地を日本のどこに移設すれば、日本人は納得したのか」と訊かれる。 僕だって訊きたい。 「日本中が嫌がっている」と答えたら、彼は首をかしげた。解はないことを知っているのに解を出せと詰め寄る。つまり虐めだ。
別に鳩山前首相を庇うつもりはないけれど(あの金銭感覚はやっぱり宰相としては不安だ)、彼が今この時期に辞めなければならなかった理由は、確かによくわからない。 どこも受け入れを喜ばない。ならばそもそもその米軍基地が本当に必要なのかどうか、それを考えるべきだった。つまり解を求める唯一の策は、日米の軍事関係(つまり安保条約)を再考察することだと思っていたのだけど、仲井真弘多県知事との会談における、「海兵隊が必ずしも抑止力として沖縄に存在しなければならない理由はないと思っていたが、学ぶにつけ、沖縄に存在する米軍全体の中で、海兵隊は抑止力を維持できるという思いに至った。(認識が)浅かったと言われればその通りかもしれない」との発言で、その発想はあっさりと瓦解した。 抑止力については他誌で思うところを書いたばかりなので詳細は省くけれど、沖縄に駐留する海兵隊の最大の任務は、有事の際の自国民の救出だ。さらに今のところ、米軍にとって沖縄に基地を置く最大の意義は、アフガンやイラクに展開する海兵隊のための兵站補給・修理修復・休養・訓練などのベースキャンプであり、日本を守るという優先順位はとても低い。 そもそもは「抑止力」という言葉が錦の御旗になりすぎている。まるで黄門さまの葵のご門だ。理論を排除してしまう。 その意味では監視カメラの存在意義に似ている。確かに犯罪が起こる可能性はある。でも危機や不安を言い始めればきりがない。大切なことはそのリスク(仮想の危険性)ばかりを声高に訴えることだけではなく、ハザード(実際の有害性)とコスト(これを回避するための対価)を冷静に分析すること。 そして何よりも、「抑止力」という概念そのものが持つ危険性を、しっかりと意識に刻むこと。 ベトナム戦争のきっかけとなったトンキン湾事件や日中戦争のきっかけになった盧溝橋事件、あるいはアメリカがイラクに侵攻した大義(大量破壊兵器の存在)など、いずれも高揚した危機意識が「抑止力」の発動を正当化して(謀略的な要素も加味されながら)過剰な自衛意識と結びつき、戦争のきっかけとなっている。近年(20世紀以降)の戦争のほとんどは、他国への領土的野心が理由ではなく、この自衛意識の高揚から起きている。
だから知りたい。「(抑止力について)学ぶにつけ」と言った鳩山前首相は、いったい誰に学んだのだろう(一部週刊誌などが憶測する人ならば、やっぱり学ぶ人を間違えたのだと思う。素直で人柄が良いのにも程がある)。
ワシントンポストの記者が僕に訊いてきたという事実が示すように、一般のアメリカ国民やメディアにとって、日本における基地問題はまったく関心外だ。もちろんほとんどの政治家も。 帰国してから日本の新聞で、「傷ついた日米関係」とか「損なわれた信頼関係」などのフレーズをよく目にしたけれど、そんな意識は彼らにはほとんどない。日本だけで大騒ぎしている。その結果として国益(好きな言葉じゃないけれど)を損なっている。安全保障サミットで鳩山前首相が渡米したとき、オバマに対談の時間を10分しかもらえなかったとか、各国首脳が集まった記念写真を撮る際にはいちばん端にいたとかで悲憤慷慨している人がたくさんいたけれど、核問題をメインテーマにするあのサミットで、日本よりもインドや中国との対話をアメリカが優先したのは当たり前だし、記念写真についてはほとんど中学生のレベルだ。 アメリカから帰国する数日前、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザ向けの支援船団を急襲して、多くのボランティアを殺害した。そして帰国直前の5日、ホワイトハウスの名物記者と言われていた89歳のヘレン・トーマスが、インタビューで「(イスラエルのユダヤ人は)パレスチナから出て行け」と発言したとして、大きな問題になった。 言わずもがなを書くけれど、僕は反ユダヤ主義者ではない。西洋社会においてユダヤ人が長く差別され、迫害されてきたことも知っているつもり。でもやっぱりパレスチナ問題については、ヘレン・トーマスの発言を支持したくなる。 ホロコーストによって刺激された過剰な被害者意識が、故郷を再建しようとのシオニズムと融合し、他国に対して剥きだしの抑止力をこれほど執拗に提示するイスラエルに対して、核兵器を持ちながらその事実を否定も肯定もしないという特権的な位置にいることも含めて、世界はもっと強く干渉すべきだと思う。でも長くユダヤ人を加害してきたという後ろめたさがある欧米各国は、結果としてこれを黙殺し続けている(アメリカの場合は少し違う事情もあるけれど)。 だから時おり思います。アウシュビッツから生還しながら、イスラエルのパレスチナ占領政策に反対を表明し続けた作家プリモ・レーヴィについて。彼が死んだ理由について。彼の思いについて。
>「いのちの食べかた」という著書もある森君にうかがいたいのは、宮崎の口蹄疫についてです。 (前回の斎藤さんからの質問)
やっぱりこれについても、高揚する危機意識はキーだと思う。まるで不治の病のように喧伝されているけれど、実は口蹄疫の自然治癒率は決して低くない。もちろん体力のない個体は死ぬ場合もあるけれど、それはインフルエンザと同じ。確かに感染力は強いけれど、人には被害はない。日本獣医学会がweb公開している感染症の記事から、口蹄疫についての記述を以下に引用します。
1892年から、発病した動物とその周辺のすべての動物を殺処分する方式(stamping out)が始まりました。 ところが、1920年代に起きた発生では、殺処分対象の動物数が多くなりすぎて、順番が回って くる前に回復する動物が出始めて、農民は殺処分に疑問を持つようになりました。殺処分するか、それとも口蹄疫と共存するかという議論が起こり、議会での投票の結果、わずかの差で殺処分が勝ったと伝えられています。これが現在まで続いているわけです。 1951〜52年の大流行では殺処分の費用が30億円に達しました。これが議会で取り上げられ、チャーチル首相がフランスのようにワクチン接種を中心に防疫を行った国の場合よりも、はるかに低い金額であると弁明したと伝えられています。 1957年、OIEは口蹄疫予防のための国際条約を作り、これをきっかけとして殺処分方式が国際的に定着してきたとみなせます。 殺処分方式を最初に始めた英国は、徹底してワクチン接種を回避してきています。1967-68年の大流行では634,000頭が殺処分され、ワクチンは用いられませんでした。これに反してオランダは殺処分と発生地域周辺の動物へのワクチン接種(ring vaccination)を併用してきており、今回の発生でも早い時点でワクチン接種に踏み切っています。次に述べるように口蹄疫ワクチンの開発で中心的役割を果たしたのはオランダの研究者でした。そのような背景もかかわっているものと思います。 山内一也東大名誉教授(執筆時)
騒動発生時に鳥越俊太郎さんが「人に感染しない、食べても大丈夫。ならば、なぜ(殺処分など)そこまで厳重にするのか」とテレビで言ったとして、ずいぶん批判されたようだけど、これについては僕も同意見。殺処分の前にもう少し考えたほうがいい。確かに牛や豚は経済動物だけど、あまりに無感覚になりすぎていると思う。これは今、上映中止問題が起きている映画「ザ・コーブ」についても同様。でも今回はここまでにします。
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