現代書館

WEBマガジン 11/09/14


第三十二回 首相交替とテレビ

森 達也


斎藤美奈子さま


この便りがUPされる頃には、日本の首相は誰になっているのだろう。何で菅さんじゃダメなのだろう。次の総裁候補に名乗りを上げた民主党議員の名前が何人か取りざたされているけれど、彼らに替わったとき、本当にこの社会は、ああ良かったと思うのだろうか。
 毎日新聞8月11日夕刊に「疑問だらけの菅おろし」とのタイトルで加藤典洋さんが寄稿しているけれど、全文を読んで、本当に我が意を得た思いです。加藤さんも指摘しているように、産経新聞のコラムや一部週刊誌などで(管首相には)「心がない」とか「誠がない」などと批判しているけれど、これは絶対にジャーナリズムの語彙ではない。言ってみれば「品格」や「誇り」と位相は同じですね。ジャーナリストではない僕ですら、こんな言葉は恥ずかしくてとても使えない。

 今回は、床屋談義は控えめにします。先月、やっとBSの番組が試聴できるようになりました。これまでは、友人たちに目当ての番組のオンエア同禄をお願いして、後からDVDで借りるという手順をとっていました。とても面倒。それに一回や二回ならいいけれど、何度も続けば友人たちもあまりいい顔をしなくなる。だから「どうしても観たい番組」に限定されていた。なぜアンテナを設置しないのか? とよく質問されたけれど、明確な理由などない。ただ何となく。アンテナは高いし、などと言えば、1万円はしないし、工事費だって数万円だよと言われる。数万円を蔑ろにするつもりはないけれど、でも観たい番組を見つけるたびに友人に連絡して拝み倒して、しかもDVDで送ってもらったり喫茶店で待ち合わせて受け取ったり(コーヒー代は当然こちらの負担)していることを考えれば、確かになぜ視聴環境を整えようとしてこなかったのか、自分でもよくわからない。何となく出遅れてしまった。何となく手が出なかった。
 特にデジタル系って、そんな傾向があるような気がする。
 僕の場合、携帯のネット検索とか、ワンセグとか、着メロとか、実のところ用語もよくわからないし、(ワンセグの意味は今、本当にわからない。検索すればすぐにわかるけれど、その気力もない)、携帯のネット検索など一度もやったことがないし、着メロはいまだに購入したときに設定されていた音楽のままです。
 まあ歳かもね。そういえば昔、テレビでキャンディーズを観ていたら隣にいた父親が、「誰が誰だかわからない」と不満そうに言っていた。そのときは何言ってるんだと呆れたけれど、今まさしくAKB48に対しては同じ情況。識別能力が低下したということではなくて、興味が低下したのだと思う。

 話をBSに戻します。受信できるようになった7月下旬以降、すっかり夢中になってしまった。テレビを見始めて以来(つまりものごころがついてから)、これほど夢中になってテレビを観続けた時期はなかったかもしれない。
 特にNHKのBSプレミアム。一日の半分以上は、スカラベやシデムシの生態とか、ハッブル宇宙望遠鏡が撮ったクエーサーとかダークマターとか、サバンナで暮らす肉食獣やフィンランドの森林に暮らすヘラジカの一年とか、空海の生涯と曼荼羅とか、とにかく垂涎ものの番組ばかり放送している。NHK以外ではBS朝日が、BBCのシリーズを定期的に放送してくれるので嬉しい。このあいだは、最近化石が発見された海棲肉食恐竜プレデターX(まだ学名はついていない。史上最大の恐竜の可能性がある)の特集だった。
 シデムシが子育てするなんて知ってた? 初めて映像を見た。卵からふ化した幼虫たちに母親が口移しで、(鳥のように)腐った動物の肉を咀嚼しながら給餌していた。
 観ながら今さらのように思うことは、世界は知らないことで溢れているということ。もちろん自然科学系ばかりではなくて、過去に放送されたNHKスペシャルの「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」シリーズの再放送もあったので、これも録画しました。アンテナ設置してから1カ月はお試し期間ということで、WOWOWやスカパー!なども観ることができるので、映画もせっせと録画している。ハル・アシュビーの「チャンス」とかコーエン兄弟の「ファーゴ」とか、一度観ているけれどもう一度みたい映画が毎日のようにオンエアされている。
 別にNHKを贔屓するつもりはないけれど、やはり民放とは明らかに違う。そして地上波とBSも違う。それぞれ両端に位置する民放地上波とBS―NHKとは、まったく違う媒体特性を持っていると考えたほうがいいと思う。テレビはやっぱり、かなり突出した文明の利器なのだと実感しました。問題はテレビそのものではなくて、放送される番組にある。でも民放は民放で今の番組内容は、長年にわたって視聴率を追い求めた帰結なのだから、彼らだけを責めても仕方がない。
 とにかくテレビを見直した。でも今の悩みは、視聴する時間がないことです。

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