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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第十八回 |
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件名:連帯するならきっと今しかない。 投稿者:森達也 2013/12/09
美奈子が引用してくれた神奈川新聞のシリーズ企画「特定秘密保護法案を問う」の12月7日版(つまり僕のインタビューが掲載された翌日)に、政治史学者の今井清一さんのインタビューが掲載されています。
そして、いま、在日コリアンの排斥を訴え、街中で公然と繰り広げられるヘイトスピーチ(憎悪表現)である。「根強く残る差別意識のあらわれだ。不況が続き、日本人が心の余裕を失い、不満のはけ口として拡大している」。差別意識と表裏にある優越意識を燃料に暴走は始まる。(中略) 日露戦争の勝利という成功体験によるおごりと「日本人が持っていた中国などアジアに対する侮り」である。 「侮り」が生まれたのは明治以降。近代化で先んじ、朝鮮半島を植民地支配下に置き、中国大陸でも権益を得た。 そうした意識は、綿々といまに続く。中韓との間の領土をめぐる対立にも同じメンタリティーを見て取る。「日本人が心の底に持っている『中国、韓国になめられるな』という意識は、日中戦争を起こした当時と同じ発想だ。激発しないか危うさを感じる」
アジアへのおごり、どうにも希釈できないアジアへの蔑視感情、それは僕も感じる。この国と国民は特別な存在だとどこかで思いたい。自分たちとはアジアの他の国とは違うと信じたい。2000年に森喜朗(当時は総理大臣)が「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞ」と言ったことが示すように、いまだ天皇制を手放すどころか多くの人が(若い世代ですら!)むしろ一時よりも強い関心を示すようになった理由のひとつも、きっとここにあるのだろうと思う。 念を押すまでもないけれど、ここには科学的根拠は一切ない。この国の人たちのDNAの半分以上は(もっとかも)、大陸や朝鮮半島から渡来した人たちから成り立っている。でもそれを認めたくない。特別な民族だと思いたい。だからこそアジアの中でも中韓への蔑視感情や反感は根強い。ある意味で近親憎悪。……白状すれば、その感覚はきっと僕にもある。ただし屈折している。差別主義者になりたくない。だから中国や韓国で親近感を示してくれる人に会うとひときわ嬉しい。自分のこの感覚をどこかで持てあましている。
つまりいまだに脱亜入欧なんだよね。戦後もずっと。でも今は「欧」ではなく「米」。思い起こせば郵政民営化にしても裁判員制度にしてもTPPはもちろん、そして今回も、徹底してアメリカの意向そのものだもの。何が戦後レジームからの脱却なんだか。現状の動きは戦後レジーム(つまり占領時代)への回帰そのものだ。 最近はずっとそんなことを考えている。だから神奈川新聞からのインタビューでも、この蔑視感情について口にした。そうしたらネットがすごいことになった。例によって2ちゃんねるでは{【神奈川新聞】森達也「日本人は中国に経済で抜かれた事を認められぬ。在日韓国・朝鮮人への嫌韓デモはその憂さ晴らし」}のタイトルでスレッドがいくつも立った。
何言っちゃってんの? この人頭おかしいの? 妬みでしか物事を判断できないのは、あちらの方ですか? いまどき左翼をやってるくらいだから頭が悪いんだなwww だから、売国奴はクズだっていうんだよ これが朝鮮脳というやつか この人って韓国人的感性だ どうも在日臭いなあ しかも総連系のね 日本人は支那畜生やトンスリアンにそんな感情は持ってネーんだよ あいつらに対する感情は単なる【嫌悪感】でしかない(゚д゚)バーカ
僕の「今のこの状況の根底にはアジアへの蔑視感情がある」との言説に対して、バカとか死ねとか言いながら彼らは、「こんな見当違いな発想をするやつは日本人ではない」と無邪気に書き込んでいる。そもそも「憂さ晴らし」なんて言葉は口にしていないのに、まとめサイトの管理人が勝手に付けたこのタイトルに反応して「どこが憂さ晴らしだ!」と怒っている人がとても多い。一応は全文が同じサイトにアップされているのだから、書き込む前にせめて読めと言いたい(それにしてもなぜ彼らは、これほどに口汚く人を罵れるのだろう)。
まあこのレベルはともかくとしても、この国の底流にこうした深層意識が脈動していることは確かだとあらためて思う。だからこそというか実のところというか、安倍政権に対しての支持率は現在もほとんど減っていない。「国民の多くが反対しているのになぜ強行するのか」と指摘する人は多いけれど、「なーに言ってんだか、反対しているのは一部じゃないか、ちゃんちゃらおかしいwww」と政権が考えているであろうことは容易に想像できる。だからこそ法案成立の翌日に安倍首相は、「嵐が過ぎ去った感じがした」と口走ったのではないかな。こういう揚げ足取り的な批判は余りすべきではないとは思うけれど、でもやっぱり本当に言ったのなら(言ったようだ)見事に本音が現れていると思う。祖父の岸信介(首相)時代の日米安保や大叔父の佐藤栄作(首相)時代の成田闘争など、国民の反対を押し切って断行しても、この国の人たちは時間が経てば従順になるとの意識が根底にある。 悔しいけれどそれは事実だ。この国の人たちは集団と相性がいい。言い換えれば環境に自らを馴致させる能力が強い。きっと二週間もすれば、誰もこの法案のことなど口にしなくなる。そういえば成立翌日(つまり昨日の朝)にワールドカップの抽選結果の号外が出たと聞いて、腰が抜けるほどにあきれた。
メディアについても美奈子の指摘どおり。NHKの報道は確かにひどかった。でも番組制作は少し違う。昨夜はETVで火野葦平をとりあげていた。その担当ディレクターである渡辺考からBCCで送られてきたメールの一部を貼ります
今日の夜、「ETV特集 戦場で書く 〜作家・火野葦平の戦争〜」がオンエアーされます。日中戦争から太平洋戦争の時代に軍部と切り結び、超売れっ子国民的作家で、戦後自殺した火野葦平の人生を掘り下げます。 権力によって情報統制が計られ、それを人々が忖度していた時代。別の時代の他人事ではありません。
そして以下は、今日(8日)の夜に放送されるNHKスペシャル「日米開戦への道−知られざる国際情報戦」を担当した山口智也から、やっぱりBCCで送られてきたメールです。少し長いけれど絶対に読んでほしい。
デスクとして編集段階から関わったのですが、図らずも「特定秘密保護法案」強行採決の直後に放送するということになり、万が一にも「情報戦」を称揚した番組だと誤解されないよう、気を引き締めて制作に携わりました。 番組は、日米開戦の裏側に各国の「機密情報」の奪い合いがあり、それがいかにして破局を導いたかを描いたものです。(中略) そもそも「秘密」を持つ目的は、相手を出し抜くことです。万が一の戦争に備えて軍備を整えることが、戦争を防ぐのではない。戦争へ向けた様々な準備の行動自体が、相互不信と猜疑心の連鎖を生みだし、その悪循環の歯車は、一度回りだすと止められない。それがあの戦争の犠牲を通じて学んだことだったのではないでしょうか。 戦後、私たちの先輩たちが、たとえ自衛のためでも軍備を持たないと誓ったのは、そのためだったのではないか、今回この番組の制作に関わってあらためて強く思いました。 破局へ至る道を思い返せば、軍備を放棄し、相互信頼に基づいて平和を構築するという9条の理念は、敗戦後とても強いリアリティーを持っていたのだと思います。(中略) 信頼を構築するために「秘密」は必要ない、むしろ「秘密」は信頼関係を壊すものだと、子どもでも分かる人間関係の真実として、それはあると思います。日本がよって立つ安全保障の理念は、「敵」に備える、というものではなく、「敵」を「敵」ではなくしていく、相互信頼の世界の構築だったはずです。 外交交渉も信頼がなければ成り立ちません。その場合の「秘密」は相手を出し抜くためのものではなく、お互いにプラスの結果を得るために、一次的に第三者に秘匿しておくもの、に限定されるでしょう。現政権による安全保障政策の転換は、憲法の理念を否定し、国際社会の信義をも脅かしかねないものだと危惧しています。 この番組をきっかけに、国家の「秘密」とは何か、何のために「秘密」が必要なのか、戦争をどのようにして回避するのか、議論が深まることを願っています。
補足するけれど担当デスクである山口は、このメールの文章を引用することについて簡単には同意しないかなと危惧していたけれど、即答で承諾してくれた。もちろん番組はまだ観ていないけれど、絶対に観る。頑張っている人たちはメディアにも少なくない。決して多数派じゃないけれど、必死に歯を食いしばっている。声をあげようとしている。 好きな言葉じゃないけれど、今は「連帯」したい。連帯するならきっと今しかない。 ……心の底からそう思います。
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