現代書館

WEBマガジン 14/06/24


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第二十六回

件名 :「縛り」に見えていたものは……
投稿者:斎藤美奈子 2014/06/21

森 達也 様

 時間がめちゃくちゃあいてしまいました。
 菊地さんの悲鳴のような催促(というより懇願?)メールを見るにつけ「申し訳ない」気分が増幅し、返信すらできなかったという情けなさでございました。すみません。

 さて、いま語るべきは、たぶん集団的自衛権の行使容認問題なんだよね。
 しかし、もうひとつ盛り上がらない。
 世論がというのもあるけれど、わたし自身もです。特定秘密保護法の議論のときもそうだったけど、議論の細部に入り込んでいけばいくほど、頭が混乱し、精神が疲弊していく。もしかしたらそれが安倍政権の作戦で、国民が議論を投げ出し、「ええい、もう面倒くせえや。勝手にやってくれ」となるのを待っているのではないか。とさえ思う。
 なぜいま急いで「解釈改憲」に踏み切らなくてはいけないのか、「安倍晋三の趣味」以外という理由が私にはまったく見つかりません。
 従来の日本政府が「個別的自衛権」によって武力行使ができると説明しきた要件はこの3つだった。

 (1)我が国に対する急迫不正の侵害がある
 (2)これを排除し、国民の権利を守るために他に適当な手段がないこと
 (3)必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと

 政府与党案では、このうちの(1)を

(1)我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は「他国に対する武力攻撃が発生」し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される「おそれ」があること

 と変更し、集団的自衛権による武力行使も認めようという話になっている(「 」は斎藤による)。「おそれ」の一語を加えると「アリの一穴」でいかようにも拡大解釈できると公明党は抵抗しているわけですが……。
 下に貼ったのは6月18日の東京新聞「本音のコラム」のために書いた原稿です。

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「我が家」の場合
 日本では幸い銃の所持が許されていない。が、仮に銃所持がOKだった場合、どんな条件がそろえば使えるだろう。
 (1)我が家に対する急迫不正の侵害がある(強盗に侵入されたとか)
 (2)相手を排除するために他に適当な手段がない(逃げる余地も金品で撃退する余地もない)
 (3)必要最小限度の実力行使にとどまる(相手の行動力を奪ったら、それ以上は撃たない)
 「我が家」を「我が国」に置き換えれば、以上が政府のいう個別的自衛権だった。そのルールを変更し、これからはご町内の家に強盗が入ったときも銃を撃てるようにしようぜ。それが集団的自衛権の行使容認である。
 ご町内の親しい家に強盗が入ったら知らんぷりはできんだろ、というのが政府の言い分だが、彼らが想定している「親しい家」は番犬を山ほど飼ってる町内会長、しかも凶暴な犬を町じゅうに放って迷惑をかけまくってるヤバい一家だ。
 そんな一家に協力したら自分が強盗になるのがオチ。しかも我が家に害が及ぶ「おそれ」まで許容したら、町の不審者はみんな撃ってもいいことになっちゃうぞ。
 っていうか、その前に防犯に努めるのが筋ですよね。銃が持てない日本では、それでも警察の努力や市民の知恵と工夫で世界でも有数の治安のよさを維持してきた。家も国も。その伝統をなぜ捨てる?
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 しょーもない「たとえ話」ですみませんね、なんですが、こういうときは議論をシンプルな方向にふったほうがいいような気がした次第。
 コラムで書ききれなかったことをつけ加えると、不幸にも強盗に入られた場合は、できるだけ冷静になり「いたずらに抵抗するな」「戦って取り押さえようとするな」が対処法のイロハだと読んだことがある。たいていの場合、強盗犯の狙いは金品で、強盗から殺人にまで至るのは1%程度だといわれている。逃げられるなら逃げる、金品の被害はあきらめる。大切なのは命ですから。
 日本は秀吉の「刀狩り令」以来、伝統的に、庶民には武器を持たせないという政策をとってきた。もともとは庶民の武装蜂起の機会を奪うための為政者の企みだったわけですが、結果的には銃の保持が禁止されたとで、どれほど助かったか知れない。

 武器を持つことが抑止力になるのだと政府はいうけど、そんなのは嘘だよね。
 武器を使えないがゆえに、あらゆる手をつかって庶民は防犯に努めるし、国は外交政策に知恵をしぼる。そうやって戦後70年、ともあれ平和を維持してきたわけだよね。
 「縛り」に見えているものが、じつは「救い」として機能したかもしれないことを改めて考えてみるべきじゃないかと。
 しかも、集団的自衛権の行使容認問題って、べつに東アジアの周辺事態に備えてのことじゃないわけじゃない?(そっちは個別的自衛権で対処できる)。アメリカと中東の戦争に参加できるようにしたい、って話なんだから。
 ワールドカップにうつつを抜かしているテレビメディアを見ていると、わざとこの時期をねらったのではいう気がしてくる。

 今日はここまで。ピリッとしたことが書けなくてすみません。

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