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WEBマガジン 15/05/27


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第三十八回

件名:本当の正念場を僕たちは迎えている
投稿者:森達也

斎藤美奈子さま

閣議決定した安保法制関連11法案についての記者会見で安倍首相は、「アルジェリア、シリア、チュニジアで日本人がテロの対象となったこと」「北朝鮮が数百発の弾道ミサイルと核兵器を開発していること」「自衛隊機のスクランブルの回数が10年前と比べて7倍になったこと」などを挙げ、「私たちはこの厳しい現実から目をそむけることはできません」と断定した。
「目をそむけることはできません」
これは最近の安倍首相の十八番のフレーズになっている。他には「はっきり申し上げておきたい」とか「断言します」とか。
要するに文法的には副詞だ。副詞自体には意味はない。強調するだけだ。僕の周囲にもこうした話法を好んで使う男がいる。中身は薄い。だからこそ必死に副詞を多用する。どうでもいいことなのに「はっきり申し上げておきたい」とか「断言します」などと言われれば、重要なことなのかと思ってしまう。
「目をそむけることはできません」
別に目をそむけてなどいない。でもこう言われれば人は凝視する。間合いを詰める。ところが近づきすぎると画像のフォーカスが合わなくなる。あるいは見当違いの方向を見ていることに気づかなくなる。
アルジェリアやシリアなどを挙げながら後藤さんと湯川さんが犠牲になったISの名を出さない理由は、現政権が二人をほぼ見殺しにしてしまった(決して扇情的な表現だとは思わない。後藤さんの妻から外務省に事態の報告が来ているのに官邸も外務省もアドバイスすらしなかったことは、数日前の報道で明らかになっている)からだろう。
北朝鮮の弾道ミサイルについては個別的自衛権で対応できる。そもそも通常火薬のミサイルの被害規模を、多くの人は東京が火の海になるなどと思っているようだが、実際には桁違いに小さい。ナチスのV2ロケットはロンドン市街に1000発以上着弾したけれど、被害規模はその前に繰り返されていた爆撃機による空襲に比べれば圧倒的に小さかった。ハマスのロケット弾はイスラエル市街に何度も着弾しているけれど、どの程度の被害かを考えればわかる。もちろん被害規模が小さいから無視せよとは言うつもりはない。リスクは最小限にしなくてはならない。ただし正しいリスク回避と優先順位を決めるためにも、前提はしっかりと測定されるべきだ。
確かにスクランブルの回数は2004年に比較すれば7倍弱に増えたけれど、冷戦期にはほぼ現在と同じ回数のスクランブルが毎年記録されていたし、旧ソ連の核ミサイル(SS20)は何十発も日本(の米軍基地)に照準を定めていた。キューバ危機も含めて、いつ世界戦争が起きてもおかしくはなかった。今よりもはるかに国際関係は緊張していた。でも日本の安全保障体制は変わらなかった。その帰結として現在の繁栄がある。
そもそも減少していたスクランブルが急増したのは2013年だ。つまり第二次安倍政権発足以降。はっきり申し上げておきたいけれど、これが意味することから目をそむけていけない。これをマッチポンプという。

いろいろな媒体で何度も指摘してきたけれど、皮肉なことにオウム事件以降、この国の殺人事件数は毎年のように戦後最低を更新している。でも多くの国民はこのデータを知らない。実際の治安状況は向上しているのに、体感治安は悪化するばかりだ。だから厳罰化が進行して、街には監視カメラが急増する。集団として一体化を加速させる国家は敵を探す。見つければ自衛を大義に攻撃したくなる。オウムによって刺激されたこの国の危機意識は、2001年以降は国内だけではなく国外に溢れだした。
はっきり申し上げておきたいけれど(くどいな)、まさしく今、偽りの治安悪化幻想を理由に、国の形が変わろうとしている。
この会見については、テレビの報道についてもあきれている。「不安定な安全保障環境」「切れ目のない安保が必要」「戦争に巻き込まれることはない」「米軍との連携でさらなる抑止」など、安倍首相が強調したいキーワードをリアルタイムに、NHKも民放もテロップで表示していた。
ということは事前に原稿を官邸から配布されていたということになる。
首相の会見をオンタイムで放送することは必要。でもメディアがその論旨を強調するお手伝いをする理由はどこにもない。

正念場という言葉をこれまで安易に使ってきてしまった自分を、今激しく悔いています。これから国会が始まる。安倍首相がアメリカに約束した期限は夏まで。
本当の正念場を僕たちは迎えている。

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