現代書館

WEBマガジン 16/02/04


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第四十六回

件名:なぜ僕は安倍自民党を嫌いなのか
投稿者:森達也

斎藤美奈子さま

 気がついたらもう二月なのか。本当に時間が過ぎるのが早い。
昨年後半からずっと、新作映画の編集の日々でした。四人の監督の共作である『311』を別にすれば、『A2』以来だから十五年ぶりの撮影と編集。その作業がようやく終わりつつあります。

 肩書の一つは映画監督であるけれど、実はもう自分が映画を撮ることはないのでは、と思っていた。
 だって映画は助走が大変。いろいろ準備しなくてはならない。ところが気がついたら撮り始めていた。ここまではあっという間だった。
 久しぶりの編集作業を終えて、今更だけど映画は省略の表現だとつくづく思います。
 撮影期間は一年半。でも完成した映画の尺は二時間弱。撮った映像のほとんどは使わない。だからこそ映像の繋ぎに意味を込める。要するにモンタージュ。男がウィスキーの入ったグラスを手にしている。次のカットではグラスは空。ならば男はウィスキーを飲みほしたのだ。誰もがそう解釈する。このほうが実際にウィスキーを飲みほす瞬間を見せるよりも強い場合がある。つまり「秘すれば花」。もちろん文章にもモンタージュの要素はあるけれど、映像の場合はこのメカニズムがよりダイレクトで強い。……と今回は、映画について熱く語ろうと思っていたのだけど、また政治の話をしなくてはならない。だってこれは、いくらなんでもひどい。

 3日の衆院予算委員会で質問に立った稲田朋美政調会長は、「7割の憲法学者が、自衛隊(の存在)は憲法九条二項に反していると解釈している」「9条二項をこのままにしておくことこそが、立憲主義を空洞化する」と述べた。
 実は昨夜のテレビニュースでこれを知ったとき、稲田議員の最初の「7割の憲法学者が、自衛隊(の存在)は憲法九条二項に反していると解釈している」との発言を聞きながら、一瞬だけ混乱した。だって普通ならこの後には、「憲法違反である自衛隊の存在について考え直すべきだ」との文脈が接続する。ところが稲田議員はこの後に、だから九条二項を廃棄しましょうとの趣旨を続けた。これに対する安倍首相の答弁については、今朝の朝日新聞から引用する。

―――――――――――――――――――――――――――
 首相は昨年成立した安全保障関連法の国会審議を振り返り、「憲法学者の多くが憲法違反と指摘した」と言及。「実は憲法学者の7割が、9条1項・2項の解釈からすれば自衛隊の存在自体が(憲法違反の)恐れがある、という判断をしている。自衛隊の存在、自衛権の行使が憲法違反だと解釈している以上、当然、集団的自衛権も憲法違反となっていくのだろう」と述べた。
 そのうえで首相は「しかしながら、憲法9条は我が国が主権国家として持つ固有の自衛権を否定しているものではなく、自衛権の行使を裏付ける必要最小限度の実力組織を保持することも禁じているものではない」と強調。自衛権行使や自衛隊の存在は合憲との見解を改めて示すとともに、自民党が2012年にまとめた憲法改正草案について「相当な議論を行って発表し、将来のあるべき憲法の姿を示している」と説明した。

―――――――――――――――――――――――――――
 自衛隊だけではなく、集団的自衛権についても憲法違反と判断する憲法学者が多くいるのだから、早く九条二項を破棄して憲法を自民党草案の形に変えましょう。要するにそういうことだよね。もはやどこから突っ込めばいいのだろうと嘆息するレベル。でもこのレベルの理屈を、国会でこの国のトップが口にして、メディアは大きな問題にしない。

 太郎君は目標を立てました。朝は6時半に起きて家の周りをランニングすることです。でもできたのは最初のころだけで、最近は寝坊が続いています。だから6時半に起きることを止めました。

 成長した太郎君は、タバコを止めようと決意しました。でも止めることができたのは一カ月だけ。最近はまたちびちびと吸いだしています。このままでは自分は自分の決意に違反していることになる。ならばタバコを止めることを止めようと決意しました。

 もっとダイレクトに喩えます。道路標識は最大速度を40キロに制限しています。でも7割の車は40キロオーバーで走っています。ならば制限を60キロに変えるべきだ。この主張の欠陥は、40キロに制限した理由や経緯が消えてしまっていることだ。つまりそれこそが空洞化。
 そもそも7割の根拠がわからない。仮に7割が「自衛隊の存在は違憲、あるいは違憲の可能性がある」と言ったのなら(それほどに憲法学者の意見を尊重するならば)、何割の憲法学者が憲法を変えることに賛成するかどうかを考えねばならない。
 ……とこの後に細かくポイントを説明しようと思ったけれど、やっぱりここはモンタージュにすべきだろう。だって彼らのこの理屈がいくらなんでも矛盾していてご都合主義で我田引水で破綻していることは、小学生にだってわかる。
 でもこれだけは書きたい。なぜ僕は安倍自民党を嫌いなのか。単に思想信条の差異だけではない。彼らのこの考えかたが、あまりに非礼で傲慢すぎるからだ。生きとし生ける人を小馬鹿にしているからだ。
でもメディアは大きな問題にしない。支持率は今も半分以上。夏の選挙は目前だ。きっとあっという間。映画の公開のほうが早いかも。

【最新記事】
GO TOP
| ご注文方法 | 会社案内 | 個人情報保護 | リンク集 |

〒102-0072東京都千代田区飯田橋3-2-5
TEL:03-3221-1321 FAX:03-3262-5906