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WEBマガジン 16/05/02


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第四十九回

件名:粛清と地震
投稿者:斎藤美奈子

森達也さま

新作映画『Fake』の完成、おめでとうございます。試写会の招待状、ありがとうございました。なのですが、いろいろぎっちぎちに詰まってて、いまだ試写会には行けず。6月4日の本上映開始後に、見せてもらいます。楽しみです。
 
 さて、前回の貴君の問題提起。たいへん興味深く、また共感をもって読みました。
 在日の人にはたしかに済州島出身者が多いけど、背景にこのような事件があったことは、そういえば、あまり知られていませんね。勉強になりました。

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 念を押すけれど、これは戦争ではない。だって殺害する側にいるのは自国の軍隊と警察なのだ。その背後には共産勢力を恐れる政治権力。そしてこれを統治するアメリカ。
 韓国だけではない。1960年代のインドネシアでは、やはり共産党関係者が100万人近く、軍や民兵などから虐殺されている。
 ならば殺される側は常に共産党など左派的な思想を持つ人たちなのか。もちろんそうじゃない。スターリンの大粛清や文化大革命が示すように、構図が逆転した虐殺もいくらでも事例がある。
 要するに一定の環境が整う(この場合に「整う」は言葉として変かな)と、人はこれほどに残虐になれるということなのだろう。
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 ですよね。ほんと、ひどい話です。
 ですが、これは「要するに一定の環境が整うと、人はこれほどに残虐になれる」というような話とは少し違うようにも思います(もちろん前提としては正しいんだけど、でも自国民の粛清にも法的根拠はあるはずですから)。
 済州島やインドネシアの例は、極端に暴走した結果だとしても、もともと国家って、ちょっと油断するとそこまで行く、きわめて凶暴で残虐な装置なのでないかと思うのです。自国民に対して銃を向ける。国家に刃向かう連中は、なんであろうと抹殺する。それは国家にとっては自明のことで、たぶんどの国の法律にもちゃんと書いてある、はずです。

 もっか憲法論議が盛んですけど、自民党が2012年に作成した改憲草案では、憲法9条の「2」として〈我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する〉という条文が加わりました。自衛隊を国防軍に格上げするって話です。
 これを単なる名称の変更だ、くらいに思っている人は、きわめておめでたいと私は思いますね。軍隊を舐めちゃいかん。軍隊の仕事は、外からの攻撃を防衛するだけではない。自国民を(公的秩序を乱す「内乱」や「暴動」という名目で)制圧するのは、軍隊のもうひとつの任務なわけですから。日本だと、いまのところ内乱や暴動の鎮圧は警察権力(機動隊)の仕事になっていますけど。
 韓国の光州事件(1980年)や中国の天安門事件(1989年)で軍隊が出動したのは有名な話ですし、戦前の日本だと、秩父事件(1884年)とか、日比谷焼き討ち事件(1905年)とか、足尾鉱山争議(1907年)とか、米騒動(1918年)とかの際に、軍隊が出動して「暴徒を鎮圧」したわけですよね。これらの事件は大量の検挙者を出した半面、死者はそれほど多くなったかもしれませんが、ちょっと間違えば……ねえ。
 改憲草案にも〈公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる〉という条文があるから、当然、自国民にも銃を向けるよね。でもって、軍人は通常の法廷でなく、軍法会議で裁かれるわけから、自国民の殺害も「公の秩序を維持する活動」として正当化される。
 そんな凶暴な犬みたいなものを飼う勇気は、とても私にはありませんね。

 ところで、熊本の地震、本当に気がもめます。川内原発をなぜ止めないのだろか、という素朴な疑問が頭から離れません。止めないのには理由があるはずだと考え、4月20日の東京新聞に、こんな風に書いたのですが……。

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 やっと再稼働に漕ぎ着けたのに、そう簡単に止められるかという意地。ここで止めたら二度と稼働できなくなるという不安。危機を乗り切れば日本の原発の安全性が立証できるという期待。停止を求める声に屈したら負けだという面子。停止に伴うリスクを負いたくないという自己保身。先の戦争を止められなかった理由と同じだ。こうして人災は繰り返されるのである。
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 憶測でそんなこと書いていいのかよ、と言われましたね。書いていいに決まってるじゃん、憶測というか推測というか、推定だよ、といいたいです。
 熊本城の被害が話題になっていますけど、私がショックだったのは、熊本市内のジェーンズ邸(日本赤十字社の発祥の地ともいわれています)の倒壊でした。
 別便で写真を送ります。
 これを見ると、この地震がどれほど大きなものだったかがわかります。
 敵は国外から攻めて来るのではない、天から降ってくる(いや地の底からわいてくる?)のだということを、改めて感じます。

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