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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第五十五回 |
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件名:晩夏に、沖縄とゴジラについて思うこと 投稿者:森達也
美奈子さま
毎年のことだけど夏の終わりは苦手だ。とにかく寂しい。歩きながらセミの死骸などを見かけると、とても悲しくなる。ましてカブトムシの死骸に至っては、見た瞬間に思わずその場で泣きたくなる。 けっして比喩じゃない。最近はとにかく涙もろい。特に自分で驚くのは、飛行機の機内で映画を観るとき。ずっと泣き続けている。一か月ほど前にアメリカに行ったときは、『クリード』と『ズートピア』を観ながら、狭いエコノミーの席でずっとティッシュで目もとを拭いていた。よりによって『クリード』と『ズートピア』。たぶん『X-メン』でも泣いたと思う。 気圧の関係で涙もろくなると言った人がいるけれど、でも昔は飛行機に乗ったからといって、これほどに涙もろくはならなかったと思う。少なくとも夏の終わりにカブトムシの死骸を見るたびにメソメソしてはいなかった。妻によれば「加齢による感情失禁ね」ということらしい。 夏の終わりが悲しい理由のひとつはわかっている。秋が来るから。多くの人は(特にこの歳になると)「暑いのはもううんざり」とか「早く涼しくなりませんかね」などと口にするけれど、秋は嫌だ。だってその次は冬だから。木々の葉は落ちるし虫の気配はない。そして寒い。しかも長い。そんな日常は耐えられない。どう考えても冬よ り夏のほうが短いと思う。あっというまに終わってしまう。
早く南の島に移住したい。小笠原か沖縄。でも今はまだできない。たまに行くくらい。小笠原は行ったことはないけれど、沖縄はもう何度も行った。ついこのあいだも、那覇市の映画館「桜坂劇場」に、『Fake』の舞台挨拶で呼ばれた。せっかくなので到着した翌朝は午前二時半に起きて、車で二時間の高江まで足を運んだ。ヘリポート建設に反対して座り込みをしているおじいやおばあ(もちろん若い人もいる)を、この目で見たいと思ったから。 工事現場に土砂を運ぶ一台の4tトラックが目の前を通る。先導するのは5台ほどのパトカーと3台ほどのカマボコ(機動隊車両)。トラックの後ろにも同じような隊列が続く。おそらくは公安などが乗っている車両も7〜8台は前後を固めている。一台ごとにこの警備だ。アメリカ大統領でもここまではしないでしょうね、と座り込みをしている誰かが言う。この費用はもちろん、国がすべて負担している。つまり税金。世界で最も高価な土砂だ。これでヤンバルの森に軍用ヘリポートを建設する。オスプレイなど軍用ヘリが離着陸をくりかえす。 座り込みをしているおじいやおばあたちの前に隊列を組んで並ぶのは、全国から集められた機動隊員と民間警備会社の社員たちだ。お願いだから静かに生活させてくださいとおばあが叫ぶ。機動隊員と警備員たちは無表情だ。ここにアメリカ人は一人もい ない。ゲートの奥にある冷房の効いた施設の中にいるらしい。強い日差しに照らされながら、この国はまだ植民地なのだと実感する。悲しくなる。さすがに感情失禁はしなかったけれど。
滞在中はたくさん食べた。夜には、たまたま沖縄にいた藤井誠二に案内されて、暗くて怪しげな市場をうろつきながら、ビールと泡盛をたっぷり飲んだ。どれも美味しい。そういえば岡留安則さんと飲んだけれど、以前に比べると元気がない。心配だ。 でも、こんな時代状況だからこそ「噂の真相」スペシャルを刊行すべきでは、とそそのかしたら、「よしやろうか」と言ってくれた。沖縄は光が強い。だから影も濃い。でも冬はむちゃくちゃ寒いんだって。だからやっぱり考え込んでしまう。
話は変わるけれど、『シン・ゴジラ』は観た? 確かに面白かったけれど、観終えての僕の感想はけっこう微妙。鴻上尚史さんが『SPA!』の連載で、官僚や行政機構があれほど脆いのに自衛隊はなぜ最後まで毅然としているのか、というようなことを書いていたと聞いて(念を押すけれど未読です)、確かにそうだよなと思わずうなずいた。映画において自衛隊は、とにかく立派すぎるくらいに勇敢だった。決してパニックなど起こさない。人命最優先。情に厚く規律を守る。……僕の感想が微妙な理由の一つはここにある。でもその背景もわかる。映画製作のために、自衛隊の全面的な協力を受けているからだろう。 つい先日、NHK・BSで『アウトブレイク』が放送された。この映画にも最新式の米軍兵器はたくさん出てくるけれど(だって主演のダスティン・ホフマンは軍の大佐を演じている)、重要なテーマは米軍がこっそり研究していた細菌秘密兵器だ。突然のパンデミックに気づいた軍上層部とホワイトハウスは、国家機密を守るため、感染した街を住民もろとも焼き払おうとする。途中からは完全なアクションと恋愛映画になっていたけれど、でもこれは完全なフィクションとは言いきれないと、観る人は誰もが思う。 ハリウッドにはそんな映画は数えきれないほどある。政府や軍を徹底して実名で批する。揶揄する。暴く。しかもエンターティメントの領分で。 だから映画業界の末端に位置するものとして、思わず考え込みたくなる。なぜこうした映画が、日本では制作されないのだろうかと。
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