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WEBマガジン 18/10/05


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第八十四回

件名:平和賞の前に
投稿者:森 達也

美奈子さま

 今日の18時にノーベル平和賞発表。下馬評の一番人気は文在寅大統領と金正恩労働党委員長。二番目はメルケル首相。そして三番目がトランプ大統領。

 あと6時間なのだから結果発表を待って書くべきかもしれないけれど、まだ決まっていない今のうちに書いておきたい。

 ネットも含めてメディアでは、トランプも論外だが金正恩がノーベル平和賞受賞などジョークにもならないなどと強く批判する人が多いけれど、むしろ今後を考えるのなら、彼らにノーベル平和賞という足かせを与えるという選択もあり、だと思う。
 つまりノーベル平和賞を戦略的に利用する。そもそも日本が関係する組織や個人で過去にこの賞を受賞したのは、昨年の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と佐藤栄作首相だ。
 佐藤栄作が受賞した理由は非核三原則の提唱と沖縄返還だけど、受賞後に(よりによって)核持ち込みの密約をアメリカと交わしていたことが発覚する。でも自民党政権はずっと密約の存在を否定し続けてきた。アメリカ公文書館には密約の存在を示す文書が大量に展示されているのに。これを認めたのは民主党政権だ。

 その後に安倍政権になったけれど、国民を欺いた密約について、佐藤栄作の兄(岸信介)の孫である安倍晋三を頂点とした今の政権は、謝罪どころかいっさい言及していない。ICANが受賞したとき事務局長が来日して安倍首相との面会を希望したけれど、首相は日程を理由に会わなかった。会わないどころか受賞についてコメントすらしていない。
 吐息も出ない。因果はめぐる。その程度のノーベル平和賞だけど、でもだからこそ、これを戦略的に利用するという選択もあると思う。拉致問題と北朝鮮国内の人権問題を解決しないうちに南北融和や朝鮮戦争終結などありえないと言う人は少なくないけれど、拉致問題と人権問題を少しでも前に進めるために何が有効かを考えるべきだと思う。
 6年前に平壌に行ったとき、情報が徹底して統制されていることを実感した。ネットは国外につながらない。新聞とテレビは権力監視など1%も果たしていない。
 だからこそ現体制を維持できる。情報や人がもっと自由に行き来できるようになれば、歪な独裁体制はきっと内側から瓦解する。
 もちろん金正恩も含めて現体制の人たちはそれを理解しているはずだし、簡単に権力を手放さないとは思うけれど、でも圧力と敵意を向けるだけでは、現実的な解決からは遠ざかるばかりだ。結果発表まであと5時間。


 そういえば沖縄知事選の結果には驚いた。
 玉城さんはきっと負けるだろうと内心は思っていたから。今に始まったことではない。そもそも僕は筋金入りのネガティブ志向。楽観したら結果に打ちのめされる。ならば最初から期待しないほうがいい。悪いほうに考えていたほうが、もしも万が一良い結果になったときは喜びも大きい。
 これを人生訓にしながらこれまで生きてきた。特に安倍政権発足以降、安全保障法制関連や教育基本法関連、特定秘密保護法にオリンピックに対原発政策。すべて打ちのめされてきた。森友加計問題のときは(特に朝日のスクープの際には)、これで終わったと思ったけれど、結局は何も変わらない。
 だからネガティブ志向に拍車がかかった。もう何も期待しない。この国は悪い方向に向かうばかりだ。それはもう止められない。そう思っていたからこそ、沖縄知事選の結果は意外だったし、大差がついたことには驚いた。もしかしたら潮目が変わるのだろうか。そう思う理由はもう一つ。NHKのBSプレミアムで毎年放送される「ザ・ベストテレビ」は、このこの一年間に国内の代表的なテレビ番組のコンクールで最高賞を受賞したテレビ・ドキュメンタリーをすべて放送するという画期的な番組だけど、今年度は受賞した六作品のうち五つが戦争と戦後の教育をテーマにしている。そしてこのすべてが、日本の被害ではなく加害をフォーカスしている。秀作ぞろいです。明らかにメディアも変わろうとしている。
 美奈子さんには絶対に観てほしいな。オンエアは10月14日と15日。ポスターを添付します。

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