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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第八十五回 |
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件名:華氏1226 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
いつの間にか11月も半ばです。今年は1月からずっと書き下ろしの本にかかずらわっていたので、ほかのことはほとんど何もしていないし、どこにも行ってません。 森君おすすめの「ザ・ベストテレビ2018」も見逃しました。NHKオンデマンドに降りてこないのはなぜなんでしょうか。たいへん残念です。 そんなこんなで、菊地さんにせっつかれてるのはわかっていても「何も書くことが思いつかない」状態でした。こういう状態に陥ることはしょっちゅうなんだけどね。 仕方がないので、最近見た映画と読んだ本の話を書きます。
森君の嫌いな(笑)マイケル・ムーアの「華氏119」を見ました。あれはドキュメンタリー映画なのかという疑問の声が、マイケル・ムーアには常につきまといますが、まー監督の意見が強く反映されている点では、ドキュメンタリーというより、プロパガンダでしょうね(私はマイケル・ムーア「評論映画」の監督だと思ってるけど)。 興行成績はあまりよくないようで、映画館もガラッガラでした。 映画の内容については、すでにたくさん情報が出ているので、特に付け加えることはありませんが、ヒラリー・クリントンが勝つと誰もが予想していた大統領選で、なぜトランプが勝ったのかを、いちおう分析した映画です。
なのですが、個人的に印象に残ったのは、ミシガン州フリント市で起きた公害(水質汚染問題)の話だった。 フリントの飲料水はもともとは五大湖のひとつ、ヒューロン湖から取水していたのですけれど、市の財政破綻で上水道供給をする新公社への利用料が払えなくなり、2014 年、ミシガン州知事に就任したリック・スナイダー(共和党)が、水源をコストのかからないフリント川に変更したことで、とんでもない事態に至った。水の浄化が不十分だったために老朽化した水道管の腐食が進み、大量の鉛を含んだ水が水道水として供給されてしまったのですね。異常を訴える住民に対して市とミシガン州政府は「健康に問題はない」と言い続け、その間にも住民の健康被害は進み……。事態の深刻さを、当局は2015年になってようやく認めたものの、水道水汚染はそう簡単には回復しない。 いわば米国版の水俣病です。 かつて自動車工業で繁栄したフリントはいまや人口減少と貧困層の増加で悩むラストベルト地帯。フリントはマイケル・ムーアが生まれた町で、またスナイダー知事はトランプの友人。当時のオバマ大統領も、フリントを訪れた際に詐欺的なふるまいに及び、住民を失望させた。それやこれやで、この部分は映画でもヒートアップするのだけれど、まー他人事ではないっす。 日本でも水道民営化法案が今国会でついに通るのではないかと言われているし。
とはいえ、アメリカでは、バーニー・サンダースが人気を博したり、全米を巻き込むムーブメントを起こした高校生(エマ・ゴンザレス)とか、こないだの中間選挙で当選したヒスパニック系の民主党議員(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)とか、若い世代に反トランプの動きも出てきている。このへんが日本にはない動きである。
希望のもてない日本の政治で、唯一希望がもてそうなのが、本土の政治に痛めつけられてきた沖縄だっていうのは、じつに皮肉な話です。 その伝で、最近読んでおもしろかったのが、8月に亡くなった翁長雄志前知事関係の本でした。沖縄タイムズ社の『沖縄県知事 翁長雄志「言葉」』。琉球新報社編著『魂の政治家 翁長雄志発言録』(高文研)。以上2冊は翁長さんの死去後、まもなく出た新刊書。あとは松原耕二『反骨──翁長家三代と沖縄のいま』(朝日新聞出版)。 沖縄県知事というと思い出すのは、1990年から98年まで知事を務め、昨年92歳で死去した大田昌秀元知事だけど、この二人は世代もちがうし(大田さんは鉄血勤皇隊に加わった戦中世代、翁長さんは1950年の戦後生まれ)、発想の仕方も全然ちがう。 大田さんは革新系だったけど、翁長さんは保守系、それも父も兄も保守系の政治家という一家に育ち、自身も自民党沖縄県連の幹部を歴任してきたバリバリの保守政治家だった。普天間飛行場問題に関しても「県内移設推進派」だった。 その人が、なぜ保革を超えた「オール沖縄」の立役者になり、辺野古の新基地建設にあそこまで強固に反対し、安倍政権と鋭く対立するまでになったのか。その経緯は思っていた以上にドラマチックで、ちょっと感動的でしたね。 翁長氏が那覇市長になったのは2000年。それほど先鋭的な知事でもなかった翁長氏の転向(?)の最初のキッカケは、2007年の教科書検定問題だった。高校歴史教科書で沖縄の「集団自決」(強制集団死)の「日本軍に強いられた」などの文言を削除・修正する検定意見が出たという事件ですね。その後、09年に民主党政権が誕生し、「最低でも県外」という鳩山発言に期待するも、菅直人政権時代には元の方針に戻ってしまった。そのへんから彼の失望が、少しずつ怒りに変わっていったことがわかります。
〈沖縄県民は目覚めた。もう元には戻らない〉というのは、オスプレイの強行配備に反対する県民集会(2012)での翁長氏の発言。〈ぼくはこれを見た時に、あ、これはもう自民党とか民主党の問題ではないなと。オール本土で沖縄に基地を置いとけと、そういうメッセージだなと〉というのは、菅直人政権時代の世論調査(普天間飛行場の辺野古移設に賛成する人が70%を超えた)を前にしての翁長氏の言葉です。 日本における沖縄は、アメリカにおけるフリントと重なっている。そこでは自民党と民主党(共和党と民主党)のちがいは、たいした問題ではないんだな、と。 「オール沖縄」や「イデオロギーよりアイデンティティ」という言葉の裏にある意味がやっと少しだけわかった気がしました。
だれか「華氏1226」という映画を撮ってくれないかな。 1226は第二次安倍政権が誕生した日です。個人の資質に加えて、選挙制度の歪みと、対抗勢力(野党)の力不足に起因する有権者の政治的無関心が、トランプ大統領を生み出したのだとしたら、日本の安倍政権だってまったく同じですからね。 散漫な話になってしまいました。すんません。
斎藤美奈子
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