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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第115回 |
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件名:東京五輪というお荷物 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
4月25日に東京都などに発出された3度目の緊急事態宣言が、6月20日まで延長になりました。2度目の延長です。とはいえ、昨年の今ごろの緊張感はもはやなく、見たところ、新宿や渋谷の人出もべつに減ってません。要は政府のコロナ対策など、どこ吹く風。誰も期待していないし、信用もしていないってことでしょう。
そんなこんなで5月の世論調査で菅内閣の支持率は政権発足以来最低となり、NHK35%(7〜9日)、時事通信32%(7〜10日)、朝日新聞33%(15〜16日)。東京都民のみを対象にした東京新聞+東京MXテレビ+JX通信の調査(22〜23日)では、なんと16%。 東京五輪開催の可否についても、どの調査でも「中止すべきだ」が最多となり、朝日は「中止」と「再延期」の合計が8割、東京新聞は「中止」が6割でした。 こうした声を背景に、信濃毎日新聞が5月23日の社説で「東京五輪・パラ大会 政府は中止を決断せよ」と表明したのに続き、25日には西日本新聞が「東京五輪・パラ 理解得られぬなら中止を」と題した社説を、26日にはついに五輪の公式スポンサーである朝日新聞も「夏の東京五輪 中止の決断を首相に求める」という社説を掲げました。 「それなら我が社も」とばかり、ここから雪崩を打って五輪中止を求める各紙の社説が次々に出てきたりはしないのが、この国のメディアの限界といえば限界ですが、それは「社としての見解までは出しかねる」という話であって、新聞雑誌のコラムはもちろん、ワイドショーのコメンテーターにいたるまで、いまや「五輪中止論者」が多数派です。 わかりきったこととはいえ、ここまでの逆風を招いたのは完全の主催者側の責任です。
1)無責任な政府と五輪関係者の態度 片方では「人流を抑える」と称して緊急事態宣言を延長し、行動の自粛せよといい、飲食店には休業や時短を求めているのに、五輪だけはなんとしても決行する、という矛盾。 であるのに、首相は意味のある発言を何もしていません(というか、この人が意味のある発言をしているところを見たことがありません)
〈「宣言下でも五輪ができると考えるか」。記者団から重ねて問われた首相は「テスト大会も国内で4回開催している。(様々な声に)配慮しながら準備を進めている」と説明。具体的な開催条件には触れなかったが、コロナ禍での五輪実現に自信を示した〉(朝日新聞5月29日) 〈質疑冒頭の幹事社質問で「緊急事態宣言下でも開催できると考えるか?」と問われたのに対し、「まず当面は、緊急事態宣言を解除できるようにしたい」と述べ、大会期間と緊急事態宣言が重なった場合の判断を答えなかった〉(東京新聞5月28日電子版)。
記事の書き方には差がありますが、要はちゃんと答えていない。他の関係者も大同小異です。 「状況を見ていかなければ、なかなか観客の上限を決めるのは難しいのではないかと私は考えている。できる限り早い段階で上限を決めたい思いはあったが、緊急事態宣言後に観客の動員などが決まってくると思うので、状況を見ながら適切な時に判断したい」(橋本五輪組織委員長・28日) 「再延期をすれば基本的には大会は全く異なるものになると思う。アスリートそのものもモチベーションや体力が変わってくると思うので、別物と考えたほうがいいのではないか」「しっかりと安全・安心を守っていくことができる大会にしていくことがベースだ」(小池東京都知事・28日) 山下JOC会長も、丸川五輪担当大臣も、これといった意味のある発言はしておらず、「この国の五輪関係者は無能の集団か」といいたくなる。
2)傲慢不遜な地金が出たIOC委員の発言 日本の関係者ののらりくらりとした態度に業を煮やしているところへもってきて、いよいよ火に油を注いだのが、このところ続いたIOC関係者の発言だった。 「緊急事態宣言の下で5競技のテスト大会が行われた。最悪の状況を想定して行われて成功している」「我々が示している対策を実行すれば、安全安心な開催はできると言われている。これは緊急事態宣言下であってもなくてもだ」(コーツ副会長、21日) 「東京大会を実現するために、我々はいくつかの犠牲を払わなければならない」「選手たちは間違いなくオリンピックの夢を実現できる」(バッハ会長、23日) 「アルマゲドンに見舞われない限り、東京五輪は計画通りに開催される」「仮に菅首相が大会中止を求めたとしても、それはあくまで個人的な意見に過ぎない。大会は開催される」(パウンド委員)
日本政府が明確な判断を示さず、IOCが強気に出れば出るほど、五輪から離れていく民意。政府が「中止」どころか「無観客開催」の決断すらできないのは、IOCに脅されているのでしょーか。 やや余談になりますが、この件で、私がもうひとつひっかかったのは猪瀬直樹元都知事のツイートです。
〈オリンピック出て行けって、まるで鎖国していたころの尊皇攘夷といっしょだね。攘夷は、事態が明らかになるとたちまち消え、尊王開国に転向して何ごともなかったかのようにつぎのステージ、鹿鳴館へと移っていった。ロジックより感情で動いてきたのが日本人とつくづく〉(27日)
これはさあ、バッハの「犠牲」発言やパウンドの「アルマゲドン」発言にも匹敵する、ひどい言いぐさだと思いますよ。いまは中止中止って騒いでいる連中も、いざ五輪がはじまったら、過去は忘れて競技に熱狂するだろうって話でしょ。この人は安倍晋三といっしょになって、2013年に五輪を誘致してきた当事者だから、なんとしても開催したいのだろうけれど、それにしたってふざけてるよ。あんたや安倍が大金使ってあんなものを誘致したから、いま、こんなことになってるんでしょうが、責任とってちょうだいよって話です。 かつての(まともだった頃の)猪瀬直樹の、ノンフィクションライターとしての仕事は悪くなかったし、私もそれなりに愛読していた。それが都知事になり、体制派の権力者と化したあげくの、なれの果てがこれだもんね。晩節を汚すとは、こういうことをいうのだろうか。 もっとも他の五輪関係者も、猪瀬と同様の認識でいる可能性が高い。とにかく開催に持ちこんでしまえばこっちのものだ、どんなに批判されてもそれまでの辛抱だ、ワクチン接種さえ進めば、中止論も引っ込むはずだと思っているのでしょうね。 いまも全国を回っている聖火リレーの茶番劇ぶりから、大会期間中に代々木公園その他で開催されるというパブリック・ビューイングに至るまで、東京五輪はもう、自治体の仕事を増やし、医療現場を圧迫し、コロナ対策の足を引っ張る「お荷物」としか言いようがない。 ただ、この間の騒動で調べてみて、はじめてわかったのは、東京五輪はただのスポーツ大会ではない。五輪にかこつけた山のようなイベントを配下に従えた、巨大なモンスターだということでした。知らない間にそうなっていた。五輪が中止になれば、それらすべてに影響が出る。 それでも荷物を捨てて沈みかけた船を救うのか、荷物とともに沈没するかの瀬戸際に私たちは立っているのだともいえます。泣いても笑っても、五輪の開催予定日まであと2ヶ月弱。政府はいつまで、この調子でいくのでしょうか。
斎藤美奈子
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