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WEBマガジン 22/05/02


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第126回

件名:映画制作と新刊
投稿者:森 達也

美奈子さま

もう退院しましたか? 災難でしたね。気がつけばもう5月。今回はなかなかこの原稿を書けなくて、ずいぶん菊地さんをやきもきさせてしまった。
なかなか書けなかった理由は忙しかったから。でもいくら忙しいとはいっても、それほどの字数ではないこの原稿を一カ月も書けなかった理由は何か。胸に手を当てて考える。ああそうか。書けなかった理由は忙しかったからだけではなく、気持ちに余裕がなかったから。
なぜ忙しくて気持ちに余裕がなかったのか。この一カ月で二つの大きなターニングポイントというかイベントというか出来事があったから。そのひとつは、来年に公開する予定の劇映画の制作発表。以下にクラウドファンディング告知のウェブサイトから、僕の決意表明というかコメントを貼ります。ちなみにURLはこれ。
https://a-port.asahi.com/projects/fukudamura1923/

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関東大震災から五日が過ぎた1923年9月6日、千葉県東葛飾郡福田村の利根川沿いで、多くの人が殺された。多くの人が殺した。でもこの事件を知る人はほとんどいない。皆が目をそむけてきた。見て見ないふりをしてきた。惨劇が起きてから99年が過ぎたけれど、事実を知る人はもうほとんどいない。
450万年前に樹上から地上に降りてきた僕たちの祖先(ラミダス猿人)は、直立二足歩行を始めると同時に単独生活だったライフスタイルを集団生活へと変えた。つまり群れだ。なぜなら地上には天敵である大型肉食獣が多い。一人だと襲われたらひとたまりもない。でも集団なら天敵も簡単には襲ってこないし、迎撃できる可能性も高くなる。
こうしてヒトは群れる生きものになった。つまり社会性。だからこそこの地球でここまで?栄した。でも群れには副作用がある。イワシやハトが典型だが、多くの個体がひとつの生きもののように動く。だってみんながてんでばらばらに動いていたら、群れは意味を失う。特に不安や恐怖を感じたとき、群れは同質であることを求めながら、異質なものを見つけて攻撃し排除しようとする。
この場合の異質は、極論すれば何でもよい。髪や肌の色。国籍。民族。信仰。そして言葉。多数派は少数派を標的とする。こうして虐殺や戦争が起きる。悪意などないままに。善人が善人を殺す。人類の歴史はこの過ちの繰り返しだ。だからこそ知らなくてはならない。凝視しなくてはならない。
だから撮る。僕は映画監督だ。それ以上でも以下でもない。ドキュメンタリーにはドキュメンタリーの強さがある。そしてドラマにはドラマの強さがある。区分けする意味も必要もない。映画を撮る。面白くて、鋭くて、豊かで、何よりも深い映画だ。
荒井晴彦、佐伯俊道、片嶋一貴、小林三四郎、井上淳一、心強い映画人たちが結集した。あとは撮るだけだ。でもそのためには資金が必要だ。ある程度の予想はしていたけれど、この映画に出資してくれる企業や組織はなかなか見つからない。
でもあきらめない。かつてない映画を撮る。絶対に実現します。そのために、皆様のお力を貸してください。ご協力よろしくお願いします。

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先週はオーディションを行いました。もちろん僕にとっては初めての体験。いろいろ気づいたことはあるけれど、応募した理由を質問すれば、今のロシアとウクライナの報道を見たり読んだりしたことです、と説明する人がとても多くて、この映画のテーマと現実とのリンクについて、あらためて考えました。
人はなぜこれほどに残虐になれるのか。
ロシアとウクライナだけではない。ロシアのウクライナ武力侵攻を伝えるとき、決まり文句のように第二次世界大戦以降初めての事態、というようなフレーズを使う人がいるけれど、決してそんなことはない。朝鮮戦争にベトナム戦争。何度も続いた中東戦争に湾岸戦争とイラク戦争。ミャンマーの軍事クーデターやアフガン戦争。もちろん戦争だけではない。スターリンの大粛清に文化大革命。ルワンダやクメール・ルージュの虐殺に済州島四・三事件とユーゴスラビア内線。まだまだいくらでもある。人は時として獣になる。いや、それでは獣に失礼か。獣は戦争や虐殺はしない。でも人は人を殺す。無慈悲に。大量に。冷酷だからではない。残虐だからでもない。善なる存在のまま、大量に人を殺す。そんな歴史はいくらでもある。だからこそ目を逸らしたくない。凝視したい。僕の仕事のひとつは映画を作ること。だから映画を作りたい。

気持ちに余裕がなかったもうひとつの理由は、この時期に新刊を出したから。あえてジャンル分けすればファンタジー。主人公は現上皇夫妻。大手出版社のほとんどからは出版を断られて、最後に菊地さんが「出しましょう」と言ってくれた小説です。
予想はしていたけれど、今のところ予想以上に、書評はほとんどない。上皇夫妻について、天皇制について、この国の戦後史について、思うことをファンタジー形式で書きました。でも菊のタブーの怖さは知っているから、さすがに気持ちは落ち着かない。
実は刊行から一カ月が過ぎようとしている今も、気持ちは落ち着いていない。この状態はこれからもしばらくは続きそうです。

森 達也

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