|
web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第134回 |
|
件名:「専守防衛」はこうして崩れていく 投稿者:森 達也
美奈子さま
>平和な国のふりをしたがっている、というか。 うん。人権は尊重して平和を愛する国。とっくにばれているのにその振りをする。まったく同感です。こちらからは攻撃しないけれど攻撃されたら反撃する。このレトリックがついに、「攻撃されそうになったら反撃する」になってしまった。この違いはとても大きい。 12月16日、安全保障3文書が閣議決定された。今後5年間で防衛関連予算を倍増させる方針と反撃能力を保有することが、文書には明記されている。 つまり、戦後ずっと守り続けてきた専守防衛に徹するこの国の安全保障政策が、大きく転回した。しかも国会審議もないままに閣僚だけの密室会議で。これは岸田政権のクーデターに近いと思うのだけど。でもその暴挙を、国民の半分以上は(税源はともかくとして)支持しているらしい。理由は軍拡する中国の脅威と北朝鮮のミサイル。10月のJアラートも今回の伏線なのかと思いたくなる。 「敵基地攻撃能力」を政権が(例によって)言い換えた「反撃能力」は、相手国が「攻撃に着手」した段階で基地や司令部中枢を攻撃できるとする能力です。でもならば、「攻撃に着手」は誰がどのように判断するのか。互いに緊張が高まったとき、例えば相手国が軍事演習で部隊を移動させた場合などに「攻撃に着手した」と判断したならば、こちらから攻撃することが可能になる。ならばそれは「反撃」ではなく「先制攻撃」です。言い換えのレベルじゃない。 こうして戦争が始まる。20世紀以降の戦争のほとんどは自衛が大義とされる。この国はその認識をどれほど持っているのだろう。 実はこの記事の衝撃には伏線があった。閣議決定の一週間前、共同通信は以下の記事を配信しています。
防衛省、世論工作の研究に着手 AI活用、SNSで誘導 防衛省が人工知能(AI)技術を使い、交流サイト(SNS)で国内世論を誘導する工作の研究に着手したことが9日、複数の政府関係者への取材で分かった。インターネットで影響力がある「インフルエンサー」が、無意識のうちに同省に有利な情報を発信するように仕向け、防衛政策への支持を広げたり、有事で特定国への敵対心を醸成、国民の反戦・厭戦の機運を払拭したりするネット空間でのトレンドづくりを目標としている。 中国やロシアなどは「情報戦」に活発に取り組む。防衛省は、日本もこの分野の能力獲得が必要だと判断した。改定される安全保障関連3文書にも、情報戦への対処力向上を盛り込む。
AIを使って影響力があるインフルエンサーを誘導し、防衛省にとって有利な情報を発信するように仕向け、さらに国民の世論を誘導する。その目的は以下の3つ。
1. 防衛政策への支持を広げ、 2. 特定国への敵対心を醸成させ、 3. 国民の反戦・厭戦の機運を払拭する。
何だかもう完全にオーウェルの『1984』の世界になってきた。もっと驚いたのは、これがさほど大きなニュースにはならなかったこと。安全保障への感覚が、一昔前とはずいぶん変わっていることを実感する。もちろん防衛省と岸田首相は共同通信の記事についてすぐに、事実無根であるなどと否定しているけれど、それをあっさり信じるほどこちらもウブではない。それにこれにも伏線がある。昨年9月17日付の朝日新聞の記事を以下に貼ります。
防衛省、芸能人らインフルエンサー100人に接触計画 予算増狙い 防衛予算の大幅増額をめざし、防衛省がユーチューバーらに「厳しい安全保障環境」を説いて回る取り組みを計画している。今月、100人を想定して対象者の選定作業に着手。ネット上で影響力を持つ「インフルエンサー」らを味方につける狙いだが、省内には予算増ありきの世論喚起策に懸念の声も出ている。(略) 背景には、中国との間で防衛費の差が開き続ける現状への危機感がある。同省の「悲願」は今年度当初予算で0.95%だったGDP(国内総生産)比の1%超え。2022年度当初予算の概算要求は総額5兆4797億円と過去2番目の規模を計上しており、年末までの予算編成で1%超えの実現をめざす。そのためには世論の後押しが不可欠で、インフルエンサーに、安全保障分野に関する危機意識を共有、拡散してもらおうというわけだ。 この「号令」には省内でも疑問の声が上がっている。ある幹部は「露骨すぎる。予算を増やす必要があるなら、省自ら国民に説明し、理解を求めるべきだ」と話している。
このときは防衛予算増額が狙いだったが、岸田政権になってこの悲願は成就した。ならば次のステップだ。そう考える人が防衛省や政権内にいたとしても何の不思議もない。 閣議決定翌日の新聞各紙。一面はもちろん安全保障3文書の閣議決定だけど、読売と毎日、日経、産経新聞は、政府が言い換えた「反撃」をそのまま見出しに使っています。「反撃」を使わずに「敵基地攻撃」にこだわったのは朝日と東京新聞。 この一面はきっと後世に残るだろうな、と思います。知らんけど。
森 達也
|
|
|
|
|
|