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WEBマガジン 23/12/1


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第145回

件名 :福田村と福島
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 今日から12月。またもや11月末に間に合いませんでした。すんません。
 まず「福田村事件」の続きの話。貴君は前回、こう書いておいででした。

〈SNSなどで検索しても、ネガティブな評価や感想はとても少ない。まったくないわけではないけれど、『A』や『A2』、『311』など、僕のこれまでの作品と比べても相当に少ない。理由はわからない。率直に書けば、決して出来のいい作品ではない。脚本部との確執が理由となって、ひとつの作品としての統合ができていない〉〈作品の出来についてはまったく満足できていない〉

 いわば「ほんとにあれでよかったの? 自分でも満足していないのに」という観客への問いかけですよね。ネガティブな評価や感想が少なかった理由は、作品としての出来はともかく(といっちゃうが)、公開されただけでも快挙だよ、よかったよ、という賛同の表れではないでしょうか。
 〈ずっと言ったり書いたりしてきたことを形にできた。そしてその形が映画の力を借りながら、広く浸透しつつある〉という森君的実感とはまた別に、関東大震災時の虐殺が描かれた、そのこと事態が喜ばしいと思った人が多かったのでは、と思います。  
 でもさ、「反日映画」に認定されなかったのは(『ナヌムの家』『靖国』『ザ・コーヴ』『不屈の男 アンブロークン』『狼をさがして』『主戦場』のように)監督としては(たぶん)不満だよね。日本人監督だと反日映画にならないのか。という問題はあるにせよ、このくらいならOKであると認定された、あるいは国家権力への批判性はさほどない、と判断されたというか。上映中止運動も起きないし、文化庁から補助金をも出ているし。

 酷評とはいわないまでも、ネガティブな評価を少しだけ書いておくと……。
 私の友人には「日本人が(朝鮮人ではなく)日本人を虐殺するという構図は、史実だったとしても、やはり弱い」という人も、「殺しには加担しなかった知識階級と、直接手を下した村民との階級差がハッキリしすぎ」という人もいました。予算やロケ地の制限があったとはいえ、「あの川を利根川に見立てるのは無理がある」という人も。
 私の率直な意見を言えば、女性の描き方が古いというかステレオタイプだとは思いましたね。澤田の妻静子も、夫を失った咲江も性的な禁忌を犯しているという設定ですけど、女が内に秘めた不満や怒りを描こうとすると、なぜ性的な方面に行くのか。意思を持った女性の姿を「性的規範を破る」ことに仮託するのは、第二波フェミニズム初期の70年代の女性観で、2023年の映画としては安易というか「古い」と言わざるを得ない(「福田村事件」は学校を巡回して上映すべきだと言ったけど、その場合は、この性的な描写が、私とは違った観点でネックになるかもしれないよね)。逆に新聞記者の楓は、まっすぐな正義感の持ち主で、深みに欠けるような気もします。スタッフの中心的メンバーが中高年男性で占められていたことも、正直、原因のひとつかなと思いました。
……とか書くと、やっぱり嫌な気分になるでしょう? だからみんな遠慮しているのよ(と思う)。

 さて、話を変えます。11月は出張続きだったのですが、そのうちのひとつで福島県(いわき市)に行きました。東北は久しぶりだったのですが、東日本大震災の被災地は今こんなことになっていたのか、と思いました。
 震災10年目の2021年がひとつの節目だったのだと思うけど、2020年(当初の復興期間とされた年)前後に、「震災伝承施設」が相次いで整備されたり建設されたりしてんのね。「地域が経験した被害や復旧・復興の歩み、被害を繰り返さないための教訓を発信している」そうで、震災後に整備された施設は、青森、岩手、宮城、福島の各県あわせ、行政主体の博物館形式のものだけでも45〜46カ所。ほかには「津波遺構たろう観光ホテル」(宮古市)や「震災遺構仙台市立荒浜小学校」(仙台市)のような震災遺構あり、奇跡の一本松(陸前高田市)のようなメモリアルあり、全部あわせると300くらいある。遺構や施設を結ぶ「3・11伝承ロード」なんていうマップも作られてます。
 私たちがなぜそれを知らなかった(私だけ?)というと、たぶんコロナ禍の影響で、オープン記念イベントも開かれず、大々的な宣伝も行われなかったからでしょうね。

 それはまあ、いいんですよ。いいんですけど、実際に施設をいくつか訪れてみると、やはり複雑な気分になりますね。特に行政主導の博物館展示。
 300近くある施設の中で最大規模のものは、第一原発のすぐ近く、双葉町(最後まで残った帰還困難区域)に建設された「東日本大震災・原子力災害伝承館」(2020年9月開館)で、建設主体は福島県ですが、建設費(53億円)は全額国の負担(交付金)。管理運営は「公益財団法人福島イノベーション・コースト構想推進機構」(名前からして胡散臭い)というところだそうだ。
 ハコモノ行政に近いムダに立派な建物なのだけれど、展示に関していうと、これが突っ込みどころ満載なんだ。津波(震災)の被害と原発事故の被害を分けていない。原発誘致・安全神話などの前史は無視されている。東京電力と国の責任に言及していない。加えてインチキくさい未来志向。「あの日の経験を、みらいの教訓に」というキャッチフレーズが虚しく響くばかりです。
 
 このようにして、震災の、特に原発事故の経験は脚色され、風化されていくのだとつくづく思いました。原発処理水の海洋放出を考えるまでもなく、原発事故はまた現在進行中なのに。
 関東大震災に関する報道も、いまやすっかり防災中心で、(小池知事の追悼文拒否問題に象徴されるように)虐殺事件に関してはどんどん忘れようとしているじゃない? 3.11に関しても、防災については考えるけど、原発事故は忘れたいという意向がすでに進行している気がします。

斎藤美奈子

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