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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第149回 |
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件名:組織の論理と個人の良心 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
NHKスペシャル「続・"冤罪"の深層〜警視庁公安部・深まる闇〜」見たよ、オンデマンドで。昨年放送された正編の「"冤罪"の深層〜警視庁公安部で何が〜」も見ました。 おっしゃるように見応えのあるドキュメンタリーだった。警察の内部資料や内部告発証言をここまでしっかり入手できたのはすごいよね。不可解だったのは、なぜ警察が「捏造」をしてまで、大河原工業の一件を「事件化」しようとしたのか。というその動機でしたが、この番組を見て背景がよくわかった。これといった業績を上げられず、縮小の危機にあった警察公安部の担当部署が功を焦り、経産省がそれに引きずられたってことでしょうか。 で、問題はここですよね。↓
〈代表取締役と常務取締役、そして相談役の遺族は、国と東京都に対して損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に起こし、2023年12月、警察・検察の捜査が違法だったことを認めた東京地裁は国と東京都に合わせて1億6200万円余りの賠償を命じる判決を下したが、今年1月、判決を不服とした国と都は(まさかの)控訴に踏み切り、これを受けて会社側も控訴した〉
捜査員が「捏造」だと自ら発言し、そもそも起訴を撤回した時点で自分たちの非を認めたのも同然なのに、この期に及んでまだ控訴する。まさに「組織のメンツと保身のメカニズム」なのだけど、それ以上の不気味さを感じます。 冤罪事件って、いまだに再審請求が通らない袴田さんの事件もそうだけど、検察が捏造を絶対認めないじゃない? 組織の論理はそれほど強いということでしょうか。番組(正編)の中では、大河原工業に内部告発の手紙を送った告発者が「個人の責任を追及できないと同じことがまた起きる」と語っていた。森君はいつも「私」という一人称で考えなければダメだといっているじゃない? そういうことなのだろうなとあらためて思いました。
ここから先は全然関係ない今日(3月28日)のニュースの話。
1) 宝塚歌劇団が会見を開き、上級生によるパワハラを認めた。 2) 松本人志が週刊文春を相手に起こした名誉毀損裁判の第1回口頭弁論。 3) 旧ジャニーズ事務所の東山紀之社長が、事務所スタッフ2人によるタレントへの性加害を把握しているとBBCに語った。
すべて去年からひっかかっている芸能界のセクハラ・パワハラ問題で、しばらくぶりに動きが出た感じです。3案件に共通するのは、いずれも報道が出た直後に(ジャニーズはだいぶたってからでしたが)、事務所が報道内容を「全否定した」という点です。たぶん、ろくに調べもせずに。 事務所の仕事のひとつは会社と所属タレント守ることですから、否定したいのはわかりますけど、ひとまず否定する、という態度はどうなのか。学校のいじめ問題から政治家の不祥事まで、こうした態度が蔓延しているのは、告発者や被害者には二重のダメージになる。せめて「訴えを受けてこれから厳正に調査する」といえないものでしょうか。 否定が先に来るのは、自分たちは絶対に潰されないという自信があるからだろうね。今までも不祥事はひねり潰して来たのだから、今度も大丈夫だ、と。 しかもこの期に及んでなお、強気の姿勢は崩していないし。
裁判に先だって松本人志が「人を笑わせることを志してきました。たくさんの人が自分の事で笑えなくなり、何ひとつ罪の無い後輩達が巻き込まれ、自分の主張はかき消され受け入れられない不条理に、ただただ困惑し、悔しく悲しいです。世間に真実が伝わり、一日も早く、お笑いがしたいです」というコメントを出したのは、ふざけた話ですし(「自分の主張はかき消され」というけど、そもそも彼は何の主張もしていない)、ジャニーズ東山が、あれ以来、一度も記者会見をしていないのに、BBCの取材にだけは答えるというのも、日本のメディアを舐めた話です。
なのですが、本日、いちばん驚いたのは、宝塚でした。 劇団員が自ら命を絶ったのが昨年9月。外部弁護士の調査チームの報告書を公表し、「死亡した劇団員へのパワハラやいじめは「確認できなかった」と主張したのが11月。遺族側が反論し、何度も話し合いを重ねた結果、本日、合意書の締結に至ったと報道されています。 朝日新聞の報道によると、劇団側がパワハラと認めたのは以下14項目。
(1)宙組上級生が女性の意思に反してヘアアイロンで髪を巻こうとし、額に痕が1カ月超残るほどのやけどを負わせた上、気持ちを酌んだ気遣いや謝罪をしなかった(21年8月) (2)新人公演直前、宙組上級生の指示で、女性が2日連続深夜に髪飾りの作り直しをすることになった(21年7月) (3)宙組上級生が新人公演のダメ出しで、女性に人格否定のような言葉を浴びせた。当時の宙組プロデューサーはこれを認識しながら放置し、対処しなかった(21年8月ごろ) (4)宙組幹部4人が女性を会議室に呼び出し、その後、宙組生全員の集まりを開いたことで、過呼吸になるほど大きな精神的負担が女性に生じた(23年2月) (5)宙組プロデューサーが(4)の会議室を確保、女性が精神的負担を受ける場を設定し、女性からの組替えの求めも無視した (6)劇団が(1)の事件に関し「全く事実無根」との見解をホームページ上で発表(23年2月) (7)劇団が死亡前の1カ月間、女性に過大な業務量を課し、長時間業務をさせた (8)23年10月の新人公演の準備で、上級生に振り付けの指導を受ける「振り写し」が必須でなく、演出担当者も必要ないとしていたのに、宙組幹部は女性に行うよう指導し、結果、一層過重な業務が課せられた (9)同新人公演の準備で、上級生に指導を仰ぐ「お声がけ」は必須ではなく、下級生に負担が生じる状況であったのに、宙組幹部は宙組生に「お声がけ」の必要はないと指導せず、女性に一層過重な業務が課せられた (10)同新人公演の準備で演出担当者の怠慢で、女性が業務を肩代わりせざるを得なかった (11)同新人公演の配役表に関し宙組幹部が女性を深夜に指導・叱責し、午後11時50分になっても帰宅できなかった(23年9月) (12)宙組幹部が「振り写し」に関し、女性に落ち度がないのに指導・叱責した(23年9月) (13)下級生の衣装の取り扱いへの衣装部門からの苦情に関し、落ち度のない女性に責任があると、宙組上級生が指導・叱責した(23年9月) (14)宙組上級生Aが「お声がけ」に関し、女性に落ち度がないのに大きな声で指導・叱責した。上級生Bも、他の上級生の前で女性にウソをついているかと繰り返し詰問した(23年9月)
パワハラ(いじめ)がいかに日常的に行われていたかがわかりますが、パワハラ行為に関わった人のは10人(幹部上級生4人、幹部ではない上級生3人、プロデューサーなどの劇団幹部2人)だそうですから、誰も止めないどころか、集団でそれが行われていたってことだよね。ヘアアイロンで額に火傷を負わせたなど、パワハラというより傷害罪ではないだろうか。 28日の会見のポイントは、親会社の阪急阪神ホールディングス(HD)の社長が出てきたところでしょうね。宝塚歌劇団を運営しているのは阪急電鉄ですが、こいつらに任せておいたらいつまでも問題が解決しない、と判断しての幕引き策だったかもしれない(社長の態度は何か開き直って怒っているような感じだったし)。それでも、当初の全否定から結果が反転したのは、半年にわたる遺族の粘り強い闘いの成果でしょう。 でもさ、「加害者に悪意がなかった」と社長は何度もいってるんだよね。上からやられたことを下に向かってやり返すのは、こうした事案にありがちなことですが、だからといって個人が免責されるわけではない。ここで幅を利かせているのも、冤罪事件を招いた警察や検察と同じ「組織の論理」です。個人の良心はどこかに飛んでしまっている。ここでも一人称で思考することの重要性を感じます。
斎藤美奈子
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