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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第150回 |
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件名:ジャーナリズムが機能しない国の悲劇 投稿者:森 達也
美奈子さま
4月中旬、北京に行ってきました。中国では最大の映画祭である北京国際映画祭からの招待です。 送られてきたチケットが(生涯で二度目の)ビジネスだったこととか、日本大使館が共催する歓迎レセプションで多くの中国人映画関係者に会ったこととか、いろいろ書きたいことはあるけれど、中国のネット事情についてここでは書きます。 ホテルは北京市内のワンダビスタホテル。一応は五つ星らしい。チェックインを済ませて入室して、PCを起動してからWi-Fiのパスワードを入れました。 結論から書けば(あるていどの予想はしていたけれど)、通信状態については最悪でした。 Googleはまったく繋がらない。Line、FB、XなどSNSもまったくダメ。YOUTUBEも繋がらない。OUTLOOKは繋がるから、かろうじてメールのチェックはできる。Yahoo!の画面は出るしYahoo!ニュースも見出しをクリックして記事を最後まで読むことはできるけれど検索ができない。スマホでWhatsAppは時おり繋がるけれど、なぜか繋がらないときもある。さらに、Googleは繋がらないはずなのに、Gmailは繋がる。 要するに規則性がよくわからない。一緒に行ったプロデューサーに確認したら、彼の部屋ではGmailは繋がらないけれど検索ができるとか、僕の部屋の通信環境とは微妙に違うようだ。さらにPCとスマホでも違う。 補足するけれど、中国のインターネット事情については、日本と比較してもスピードやネットワークカバー率はまったく遜色ないことは前提です。空港やホテル、駅やカフェなどパブリックな場所では、無料Wi-Fiがとても普及している。 でも旅行者はその恩恵を受けることができない。しかも規制のルールが今ひとつわからない。
ここでついでに書くけれど、帰国して四日が過ぎる今日(4月25日)、僕はこの原稿を東京に向かう新幹線で書いています。かねてから思っていたけれど、日本の新幹線の無料Wi-Fiはなぜ30分単位で切れるのだろう、その必要があるのだろうか。そのたびに繋げなくてはならない。僕のように新幹線で仕事をする立場としては、とても煩雑で効率が悪い。
話を北京に戻します。映画祭の中国人スタッフに訊いたら、検閲は基本的にはAIがやっているはずです、とのこと。ならばなぜこんな誤差が起きるのか。そう訊けば、首をかしげながらスタッフは、中国政府は通信を傍受や監視するために5万人以上の職員を配置していますから、時おり人為的な判断をしているのかもしれないですね、との答えが返ってきた。 まあネットについては、VPN(バーチャルプライベートネットワーク)を設定するなど裏技はいくつかあるのだけど、今回の原稿で書きたいことは、独裁的な専制国家と情報規制についてです。 以前に平壌に行ったときには、スマホもPCはまったく役に立たなかった。スマホを持つ市民の数は決して少なくないけれど、国外に繋がることはない。 あるいはプーチン体制下のロシアは、ネットへの公然の規制はないようだけど、メディアやジャーナリズムに対する締め付けは厳しい。近年の香港がどのように変わったかといえば、デモ(表現の自由)は徹底して規制され、政府や権力を批判するメディアに対しては国家安全法を根拠に摘発する。投獄されているジャーナリストの数が世界一多いのはイラン(二位は中国)です。 だからあらためて思います。メディアやジャーナリズムが健全に機能できるなら、その国の独裁や専制化は絶対に阻止できる。言い換えれば、独裁的な体制や政治を志向する為政者にとって、しっかりと機能するメディアやジャーナリズムは絶対に排除しなくてはならない存在であるということ。
例に挙げた国に比べれば日本はまだまし。そう思いたい。でもどうなのだろう。東京新聞の望月衣塑子記者を被写体にした『i新聞記者ドキュメント』を発表した5年前、中国の新華社通信の記者からインタビューを依頼されました。終わって雑談になったとき、彼はこう言いました。 「今の私たちは、自由な報道や表現、そして政府や党の批判がなかなかできません。理由は明らかです。共産党という巨大な権力が存在しているからです。今の日本のジャーナリズムも、私たちから見ると、中国ほどではないにしても、かなり窒息しかけているように感じます。だから不思議です。日本には中国共産党のような存在はないのに、なぜジャーナリズムは機能不全を起こしているのでしょう」 あれからもう数年が過ぎるけれど、今も時おり彼の言葉を思い出します。
森達也
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