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WEBマガジン 24/05/31


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第151回

件名:問題提起と問題解決
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 北京ご出張、お疲れさまでした(だいぶ前の話ですが)。
 北京のWi-Fi事情、そうなんだね。でも、日本もそうよいとは言えないのかもしれない。
 新幹線に関していうと、少なくとも上越新幹線(JR東)のWi-Fiは、新車両になって以降、問題なく使えるように思います。が、前にも書いたかもしれないけど、一昨年、足をケガして入院したとき知ったのは、日本の病院でWi-Fiが使えるところは非常に少ないということでした。
 私が入院した某大学病院は幸いWi-Fi環境があって、仕事の原稿を送ることもできたのだけど(それでもウェルカムな感じではなく、何度もいってやっとパスワードを教えてもらった)、そういう病院は東京でさえまだ少なく「病院にWi-Fiを」という運動をしている人もいると聞きました。聴覚障害などでWi-Fiがぜひ必要という人もいるからね。今は改善されたのだろうか。

 今回はちょっと雑談。テレビドラマの話です。
 4月から放送されているNHK朝ドラ「虎に翼」が人気です。その前の「ブギウギ」も悪くなかったと思いますが、「ブギウギ」が飛んでしまった感すらある。
 「とらつば」は初回、主人公が憲法14条(「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的、社会的関係において、差別されない」)を読み上げるところからスタートし、その時点で「おっ」と思ったのだけれど(安倍政権下だったら、これはあり得なかったなと思ったり)、5月末(いま敗戦を迎えて夫の戦病死が伝えられたところ)になっても失速していないのがアッパレです。
 女性が置かれている状況の理不尽さをストレートに打ち出しているのが「トラツバ」の特徴ですが、それが世間に好評をもって迎えられているのが感慨深いですね。出演者の魅力もさることながら、それだけ脚本と演出がよく練られているのかもしれません。

 3月で終わったドラマで注目していた作品が私は2本ありました。
 ひとつは「不適切にもほどがある!」(「ふてほど」。TBS系。宮藤官九郎脚本・阿部サダヲ主演)。もうひとつは「おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!」(「おっパン」。東海テレビ制作・フジテレビ系。練馬ジムの漫画を原作。原田泰造主演)。
 どちらも古い価値観に縛られた中年男性が主人公。「ふてほど」は主人公が昭和から令和にタイムスリップすることで、「おっパン」は主人公が聡明なゲイの青年と出会うことで、価値観の変更を迫られる。どちらも今日のコンプライアンスやハラスメントについて考えさせるという意味で、好一対のドラマだった。別言すると、社会的な問題をエンターテイメントはどう描くことができるか、という実験の趣があったと思います。
 ですが結論的にいうと、2作は正反対のメッセージを発することになった。

 「ふてほど」はいわば「問題提起型」で、コンプラ的に見て「遅れた昭和」と「行き過ぎた令和」が対比的に描かれる。結果的に強調されるのは「どっちもどっち」の感覚です。世間的な評価は高かったのですが、私はまったく笑えなかった。
 「コンプライアンス意識の低い"昭和のおじさん"の市郎からは、令和ではギリギリ"不適切"発言が飛び出す。しかし、そんな市郎の極論が、コンプラで縛られた令和の人々に考えるキッカケを与えていくことに。 昭和から令和へ、時代は変わっても、親が子を想う気持ち、子が親を疎ましく想う気持ち、誰かを愛する気持ちという変わらないものもある」
https://www.tbs.co.jp/futekisetsunimohodogaaru/about/
 
 これがTBSの惹句の一部ですが、なんですか「時代は変わっても、親が子を想う気持ち、子が親を疎ましく想う気持ち、誰かを愛する気持ちという変わらない」って。
 いろんな点で違和感はあったのだけど、ひとつだけあげると、「フェミニストの社会学者」の描き方がド外れていたことで(この人はギャーギャー言ったあげく、教師に恋しちゃったりする)「この制作陣は何もわかってないんだな」と思いましたね。
 「コンプラで縛られた令和の人々」というけれど、令和の日本はいうほど「進んで」はいない。最終回の着地点も「寛容になりましょう」で、要はコンプラをダシにしたコメディを作りたかっただけなのではと拝察されます。

 一方の「おっパン」は「問題解決型」で、主人公は回を追うたびに、相手とぶつかり、悩みながらアップデートしていく。
 「この物語は昭和の"おっさん"が新しい"常識"と出会い、少しずつレベルアップしていくロールプレイングドラマです。LGBTQ、推し活、二次元LOVE、メンズラブ……今の時代、昭和を生きてきた"おっさん"から見れば理解不能なことも多いのかもしれません。そこで「自分とは関係ない」と扉を閉じてしまうのか、「今の時代を理解しよう」と飛び込むのか……その意味で、主人公の誠は勇気ある勇者なのだと思います。「自分は変われる」と信じた勇者なのだと」
https://www.tokai-tv.com/oppan/intro/
 
 以上は番組プロデューサーのコメントですが、主人公は事実、当初は理解不能だった娘(腐女子)や息子(メイク好き男子)の趣味を認め、部下の言い分を理解し、同性愛に対してもっていた偏見を払拭し、最後は同性婚を後押しするまでに至る。「昭和のおっさん」を切り捨てず、具体的な事件を通して彼の成長ぶりを示していく。そこにあるのは「人は変われる」というメッセージです。
 その意味では非常に「教育的」なのですが、やはり脚本と演出の力なのか、説教臭はなく、ちゃんとエンタメしている点に感心しました。

 粘り強い運動の結果、昨年7月に刑法が改正されて、強制性交罪(2017年。それまでは強姦罪)が「不同意性交等罪」に変わりました。同意のない性交はすべてレイプ、という考え方に基づく法律ですね。これを期に、日本の恋愛文化、ひいては小説やドラマも変更を余儀なくされると私は思ってんのね。
 法律で文化が変わるものか、という意見もあるでしょうけれど、戦後、人権を重視する日本国憲法ができたことで、文化は確実に変わったと思うんだ(むろん全部ではないとしても)。
 「とらつば」人気も「#Me Too」その他で女性の人権を考える人が増えた結果だと思います。テレビドラマは侮れません。

斎藤美奈子

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