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WEBマガジン 24/08/02


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第153回

件名:スポーツウォッシングとパレスチナ
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 うかうかしてたら8月になってしまいました。ごめんなさい!

 先日は久しぶりにお会いできて楽しかったです。
 その時も「映画見てないねー」と呆れられましたけど、ほんとですよね。オッペンハイマーも関心領域も、ごめんなさい、見てません。最近、映画館で見たのって、ゴールデンカムイくらいだもんな。気にはなりつつ「配信待ち」になってる姿勢は、よくありませんね。
 「映画の本質はメタファーだ。ない物を想起させる。これが届くとき、その意味やメッセージは(見せるだけよりも)はるかに強く届く」という前回の貴君の一文は、表現の本質にかかわっており重要な指摘だと感じ入ったのですが(文学も同じですから)、上記のようなテータラクゆえ、この話はまたの機会にとっておき、別の話をします。

 パリ五輪が開幕し、毎日毎日、大谷大谷大谷……だったメディア(というかテレビ)はいまや五輪一色。3年前の東京五輪は無観客開催で、まだマシでしたが(そもそも開催すべきではなかった大会だと思いますが)、オリンピック期間ってこうだったよな、と思い出してウンザリです。フェンシングの日本チームの活躍は(高校のフェンシング部出身者としては)「あんなマイナーな競技だったのになあ」と思うと感慨深いものがありますが、「へえ、そうなんだ」と思うくらいですね。
 最近読んだ本では、西村章『スポーツウォッシング――なぜ<勇気と感動>は利用されるのか』 (集英社新書)がおもしろかったです。
 スポーツウォッシングについて、著者は〈人々の興奮と共感と感動を集める大規模スポーツ大会のソフトパワーをテコにして、開催地に都合の悪い事実をヴェールの下へ覆い隠してしまおうとする行為〉と定義しており、一例として2022年にサッカーワールドカップが開催されたカタールの首都ドーハの例をあげています。〈この大会で使用される会場や宿泊・輸送設備などの建設で、多くの出稼ぎ労働者たちが酷使され命を落としたことについては、まったくといっていいほど報道されなかった。これこそがまさに、日本のスポーツ報道に独特の「スポーツに政治を持ち込まない」ことを是とする「大人の判断」なのだろう〉と。

 今度のパリ五輪に関していえば、ウクライナに侵攻したロシアと同盟国ベラルーシが参加を禁じられたのに対し(22年2月、ロシアがウクライナへの侵攻を開始した数日後に、IOCは早くも各競技団体に両国の国際大会への参加を禁止するよう要請しています)、ガザへの無差別攻撃を続けているイスラエルがのうのうと参加しているのは何なのだ、ってことですよね。
 今大会が「大国ロシアが参加していない五輪」だってことは、みんな忘れている感じがします(条件つきの個人資格で参加している選手はいますが、ロシア人が12人、ベラルーシ人は7人。開会式などのセレモニーにも参加できない)。
 ではイスラエルはどうか。
 パリ五輪に参加するイスラエル選手は89人と発表されています。一方、パレスチナの参加選手は8人(パラリンピックは2人で計10人)。そもそもパレスチナは、ガザへの攻撃が始まってから400人のコーチと選手が戦闘で死亡し、ほぼ全てのスポーツ施設も破壊されたと報道されている。それでも選手団を送ったのは「ガザで起きている悲劇を世界に伝えることになる」「スポーツがパレスチナ人の権利とは何かを、全世界に理解してもらう方法になると信じている」という判断だったようです。
  昨年11月に国連総会で採択された「オリンピック休戦」では「開幕7日前から閉幕7日後まですべての戦闘の停止を呼びかける」とされています。にもかかわらずイスラエルは、五輪開催後の7月27日にもガザの学校を攻撃し、30人が死亡した。パレスチナオリンピック委員会(POC)は、「オリンピック休戦」違反を理由にイスラエルの出場を認めないようIOCに要請(7月22日)。パリでもデモなどの抗議行動が起きましたが、IOCは取り合いませんでした。
 「平和の祭典」なんていうお題目はウソ八百だとわかっていても、やはり釈然としませんね。
 こういうことは日本でも一応報道されていますが、とはいえニュース検索をかけまくってわかったことで、大きなニュースには絶対ならず、メダルがどうのという情報だけが流れてくる。スポーツウォッシングはパリ五輪でもバリバリ健在だってことです。

 ついでに、では25年の大阪・関西万博はどうかというと、ロシアは拒否されそうであると察知したのか自ら参加をとりやめ、一方イスラエルは参加するようです。
 そうしてさらに8月6日の広島市の平和記念式典にも、例年通りイスラエルは招待され、パレスチナは日本が国家として承認していないという理由で、こちらも例年通りですが招待されなかった(長崎の式典はイスラエルは招待せず、パレスチナは例年通り招待するとのことです)。
 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、イスラエルによるバレスチナ自治区の占領やガザ地区への空爆は国際法に違反しているとしており、国際刑事裁判所(ICC)はネタニヤフ首相とハマスのガラント国防相に逮捕状を請求しています。
 いずれにしても、ロシアとイスラエルに対する国際社会(日本を含む)の対応には差がありすぎる。とかいっている間にも、ハマス最高指導者ハニヤ氏がイランで暗殺されたというニュースが……。パレスチナはどうなってしまうのでしょうか。

斎藤美奈子

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