現代書館

WEBマガジン 24/08/29


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第154回

件名:人類はもう着地できないのか
投稿者:森 達也

美奈子さま

毎年夏の終わりには鬱になるくらい夏が好きで路上に転がる蝉の死体を見ては涙ぐみかけるというありさまをくりかえしてきたのだけど、今年はさすがに、暑さはちょっともういいかな、という感じです。
東京や大阪など大都会は今も熱帯夜だけど、千葉と茨城の県境のあたりにある僕の家では、午前中と夕方以降は網戸にすれば涼しい風が入ってきて、エアコンなしで過ごせるようになりました。
というか、数年前までは夏の真っ盛りでもエアコンはほとんど使わなかった。確かに暑くなっている。そしてスコールのような大雨。トランプ元大統領とその支持者たちのような例外はいるけれど、地球の気候が変動しかけていることは間違いないと多くの人が思っている。思っているのに行動できない。何だろう。正常性バイアスで説明できるかもしれないけれど、梶井基次郎が「路上」で書いたように、このまま進めば破滅するとわかりながら進み続けてしまう、という習性が人にあるのかもしれない。美奈子さんはもちろん読んでいると思うけれど、青空文庫で読めるので以下にURLを貼ります。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/426_19828.html

おそらく来年の夏は今年よりもさらに暑い。温暖化現象はもう閾値を超えたのでは、と僕は内心思っています。いまから二酸化炭素対策を始めてももう間に合わない。梶井基次郎は幸運にも地面に着地できたけれど、人類はもう着地できないような気がする。とは思いつつも、僕も何もできない一人であることは間違いない。
それはそれとして、福島第一原発が爆発した直後、東電は計画停電などを行って原発が稼働しなければ大変な電力不足になるとアピールしていたけれど、結局あれは何だったのだろう。現時点ではあの頃よりもさらに稼働を停めた原発が多いのに、しかもこの夏は日本中でエアコンを使い倒しているはずなのに、電力不足という声はどこからも聞こえてこない。
と首をかしげる森達也の腕と足は傷だらけだ。ほとんどが浅い傷だけど、けっこう深い傷もある。これは膝の上にいた福寿が滑り落ちそうになってしがみついたときの傷。このときは激痛で思わず声をあげた。
福寿とはネコの名前。本名は福禄寿。七福神の一人です。
ただし福禄寿は本来なら髭を生やした老人だ。福寿は三毛猫。つまり♀。髭は生えているけれど老人でもない。
なぜ福寿と命名したのか。実はこの名前は二代目なのです。十数年前に捨て猫二匹(おそらく兄妹、姉と弟かもしれない)を拾ったとき、キジ柄の♂は聞仲、そして黒の♀には福禄寿と次女が命名した。だから僕自身の感覚としては、福寿を女の子に命名することに違和感はない。
福寿が家に来てから三カ月が過ぎた。そもそもは捨て猫。拾って四カ月保護してくれていた方によれば、拾ったときには生後一カ月くらいだったというから、たぶん今は生後八カ月くらい。人間でいえば15歳くらいなのかな。つまり思春期の女の子。扱いづらい。わがまま。気まぐれ。
でもそれはネコの良さ。イヌ派ネコ派という言葉があるけれど、僕はどちらも好きです。これまでの人生で、それぞれずいぶん飼った。どちらも好きだけど、イヌは散歩の手間がある。完全なイエネコ(つまり外に出さない)で飼うのは今回が初めてだけど、福寿はそれなりに満足してくれている。暑さもイヌほどは気にしなくていい。そういえば福寿の命名者の次女と長女と長男に捨て猫をもらったとラインしたら、全員から「あーあ」と判で押したように同じ返信が来た。
とにかく久しぶりにネコと暮らす日常。互いの相性は悪くない。引っかかれて噛みつかれて食べものの選り好みが激しくて典型的なネコというか思春期の少女で振り回されているけれど、日々はとても充実しています。

森 達也

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