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WEBマガジン 25/03/31


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第161回

件名:兵庫案件
投稿者:斎藤美奈子

森 達也さま

 この2か月ほど過去の大作を読み込む必要に迫られ、文学漬けになっていました。こういうのは嫌いではないのですが、そうすると浮世離れになりますね。
 テレビも見ないし、ニュースもなんとなく聞き流しているだけだし、「わたし政治に興味ありません」「選挙にも行ったことがありません」な人たちの気持ちってこんな感じなのかも、と。

 なのですが、そんな中で唯一気になって仕方がないのが兵庫県です。国政もトランプも気にはなるけど、兵庫県です。もう斎藤元彦のことは忘れよう、私は忙しいのだ、こんなことにかまってはいられないと思っても、記者会見の録画とか、それに対する論評とかを、YouTubeで見てしまう。

 いまさらいうまでもありませんが、ことの発端は2024年3月12日、「斎藤元彦兵庫県知事の違法行為等について」と題された匿名の告発文書が、複数の外部通報機関(県議、警察、報道機関など)に送付されたことでした。ところが、知事は告発者を当時の西播磨県民局長と特定。3月27日の会見で「事実無根」「嘘八百」「公務員失格」などと断罪した上、県民局長職を解任し、退職を取り消して、5月には彼を停職3か月の懲戒処分にしたのでした。
 私が「なんじゃそれ?」と思ったのはこの時で、以来、なんだかんだとウォッチし、これで終わりか、これで終わりかと思いながら、新しい事態が次々起きて、やがて1年。
 当初はあまり知られていなかった公益通報者保護法が広く知られるようになり、パワハラの定義なんかにもみんな詳しくなったという余禄はあったものの、兵庫県政は正常化されるどころか混迷が深まるばかり。
 数えてみたら、東京新聞「本音のコラム」で兵庫案件を8回も書いていました。べつに読みたくないとは思いますので、飛ばしてもらっていいのですが、記録として貼っておきます。

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【内部告発の行方】
 兵庫県政が、揺れている。記事検索すると「パワハラ・おねだり疑惑」などの文字が次々と! 斎藤元彦知事の所業を指しているようだ。
 【告発】3月中旬、斎藤知事による違法行為、パワハラ、贈答品の受け取り(おねだり体質)など7事案を告発する匿名の文書が一部県議や報道機関に送付された。
 【報復】知事は事実無根だと発言。県は告発者A氏を降格させて3月末の定年退職を取り消す一方、人事課で内部調査を実施。告発文書は誹謗中傷だと結論し「職務中に職場のパソコンで文書を作成した」などの理由で5月7日、A氏を停職3か月の懲戒処分にした。
 【反発】20日、調査に関わった弁護士が知事の関係者だったと判明。一部県議が再調査の申し立てをし、職員へのアンケートを実施。知事の新たな疑惑も発覚した。
 【転換】県議団からの申し入れを受け、21日、知事はやむなく方針を転換、外部の第三者機関を設置すると表明した。
 自治体トップのパワハラやセクハラは後を絶たないが、この件が特異なのは、内部調査だけで告発者への報復人事(としか思えない)や処分が行われた点だろう。
 職員への見せしめか、知事への忖度か。この人事だけでもすでに重大なパワハラで、斎藤県政の恐怖政治ぶりがうかがえる。維新系知事と県議会の攻防。しばらく目が離せない。(24.5.29)

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【内部告発の後で】
 5月の本欄で取り上げた、斎藤元彦兵庫県知事のパワハラ疑惑問題が最悪の事態に至ってしまった。7日、告発文書を作成して懲戒処分を受けた元西播磨県民局長が死亡したのだ。自ら命を絶ったのではないかという。県議会に百条委員会が設置され、証人尋問が予定されていた中での死。
 軽々に比較はできないものの、森友学園の国有地売却問題で公文書の改ざんを命じられ、その経緯を記した手記と遺書を残して2018年に命を絶った赤木俊夫さんのことが思い出される。
 公務員として上部の不正や隠蔽を看過できなかった人がなぜ苦悩し、自ら死を選ばなければならなかったのか。
 日本では06年に公益通報者保護法が施行され、22年施行の改正法では通報窓口などの設置や通報者情報の守秘が義務づけられた。が、この法律の認知度は低く(就労者を対象にした消費者庁の23年の調査ではよく知らない人が6割超)、降格、減給、嫌がらせなどの報復も後を絶たない。
 鹿児島県警の犯罪隠蔽を告発した県警の前生活安全部長が国家公務員法(守秘義務)違反容疑で逮捕されたのも、まさに報復だろう(この前部長も逮捕前、自宅の家宅捜索中に自殺を図ったと報道されている)。
 勇気ある告発が一蹴され、報復や攻撃が重なって孤立や絶望を招く…。そんなバカな話があるだろうか。(24.7.10)

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【民主主義のコスト】
 19日に全会一致で不信任決議が可決され、進退が注目される兵庫県の斎藤元彦知事。辞職か失職か県議会解散か。責任の取り方としても百条委員会続行の点からも、望ましいのはそりゃ辞職だ。ただ解散に意味がないわけでもない。問題がこじれた原因の一端は議会側にもあるからだ。
 内部告発で知事のパワハラ疑惑が発覚したのが3月。知事が疑惑を否定し、立憲民主党議員などが所属する「ひょうご県民連合」が第三者委員会の設置を申し入れたのが5月。6月には県民連合と自民が百条委の設置を要求し、共産と無所属が賛成、維新と公明は反対した。8月末に知事への尋問が始まり、各会派辞職要求で一致。さすがの維新も辞職要求に至ったが、告発文書を地元国会議員が怪文書と呼ぶなど維新はずっと事実の解明に後ろ向きだった。
 兵庫県議会86人の内訳は、自民37、維新21、公明13、県民連合9、共産2、無所属4。昨年の県議選で4人から21人に躍進した維新は議席を死守したかろう。だが知事に加担して疑惑の追及を渋ったのは誰なのか。
 知事選には18億円、県議選なら16億円かかるというけど、選挙費用は民主主義の根幹に関わるコストで、税金の無駄遣いではない。民主主義のメリットはやり直しがきくことだ。選挙上等。知事であれ県議であれ、有権者は真剣に選び直してほしい。(24.9.25)

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 この時点では、まさか斎藤知事が失職を選ぶとは想像できなかった。
 しかし、彼は失職して知事選が行われ、しかも斎藤氏が再選を果たすという信じられない結果。兵庫県民の頭は大丈夫なのだろうか、と思いつつ書いたのが11月20日のコラムだったが、その後の兵庫県では、応援団たるPR会社の公職選挙法違反疑惑が浮上した。

【再選の背景】
 17日には栃木と兵庫で県知事選があった。
 栃木県知事選では、現職で自公が推薦する福田富一氏が共産党推薦の新人を抑えて6回目の当選。結果は見えていたためか投票率は約32%。同日には宇都宮市長選もあり、こちらも現職の佐藤栄一氏が6回目の当選を決めた。有権者のやる気をそぐ低迷選挙だ。
 兵庫県も数年前まではこうだった。2001年から5期20年、井戸敏三知事の時代が続き、井戸氏不出馬で混戦となった21年の選挙で新知事に選ばれたのが斎藤元彦氏だったのだ。そう考えると兵庫県の有権者が斎藤氏に寄せる期待は大きかったことが想像できる。
 パワハラ疑惑の告発から始まった今知事選。SNSや動画配信の力、デマの拡散などの強引な手法が再選の一因だとしても、それだけで55%超の投票率にはならないだろう。油を注げば燃える火種はあったのだ。
 この選挙が衆目を集めたのは、それが知事の不正をただす手段だと多くの人が認識していたからである。だが実際には、旧井戸県政への批判票、政策継続への応援票、メディアへの反発票などが混じってこの結果になったのではなかったか。
 しかしもちろん、これで「みそぎ」にはならない。パワハラが容認され告発が握りつぶされるような不健全な県政は許されない。がんばれ兵庫県議会、負けるな兵庫県職員。(24.11.20)

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【続・再選の背景】
 兵庫県知事選が終わらない。斎藤元彦氏の再選で議論が次に移る中、選挙戦に関与したPR会社社長O氏による「広報全般を任せられた」なるまさかの暴露。知事にしてみれば身内から背中を撃たれた格好である。
 こうした場合ドラマだと、O氏は反知事派で、すべては仕組まれた罠だった、みたいな話になるところだが、そういうわけでもないらしい。
 たしかに彼女の投稿は軽率で、公選法の規定を知らなかったとしたら無知すぎた。だが知事の対応はどうだったか。
 知事の得意技は能面戦法、のれんに腕押し戦法だ。何をいわれても表情ひとつ動かさず、知らぬ存ぜぬで押し通す。
 25日、彼はポスター制作費などで70万円ほど支払った、O氏は個人参加のボランティアだったとした上で「公職選挙法違反となるような事実はないと認識している」と繰り返した。パワハラ疑惑を問われた会見や百条委員会で「これまで行ってきた対応は適切だったと考えている」と答え続けたのと同じである。
 しかし、あれほど詳細に明かされた選挙戦での行動が「仕事」でなかったとは考えにくい。逆に無償だったら、それ自体が権力を笠に着た搾取でありパワハラに近い。この際O氏は知事に反旗を翻し、仕事だったとぶちまけてはどうか。能面戦法には顔面パンチだ。だってこのままじゃ働き損でしょ。(24.11.27)

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【デマと報道】
 18日、元兵庫県議で、斎藤元彦知事らに対する告発文書の真偽を調べる百条委の委員だった竹内英明さんが死亡した。一連の告発文書問題においては文書作成者だった元西播磨県民局長につぐ2人目の死者である。
 翌19日N国党の立花孝志党首が「竹内元県議は明日逮捕される予定だった」「逮捕が怖くて命を絶った」などとXや動画で発信。情報は瞬時に拡散され、20日兵庫県警本部長が県議会で「全くの事実無根」と述べる異例の事態に発展した。
 デマは時に人の命をも奪う。その最たるものが関東大震災時の朝鮮人虐殺だろう。「朝鮮人が放火した」などの流言の拡大には当初行政や新聞も加担。警視庁は6日後にデマは処罰の対象になると警告するビラを出したが、多数の殺害事件はすでに起きた後だった。
 右の史実は重い教訓を残す。デマの拡散を防ぐには、公的機関や新聞テレビなどの報道機関が虚偽情報をきっぱりと、迅速に、大々的に否定することが必要なのだ。
 生前の竹内さんはデマや誹謗中傷に悩んでいたという。25日のTBSテレビ「報道特集」がこの件を特集、立花氏および同様の虚偽情報を流した東国原英夫氏に発生源としての責任を問うたのはその意味でも有益な報道だった。とはいえ、もっと早く対応していれば最悪の事態は避けられたかもしれない。残念でならない。(25.1.29)

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 そして兵庫県は人外魔境の領域に入っていく。

【辞めない人】
 辞めろと勧告されても辞めない人が続出中だ。フジテレビの日枝久相談役ではなく、自治体の首長たちの話である。
 女性との性的関係をめぐって訴えられ、和解に至った大阪府岸和田市の永野耕平市長は昨年12月の市議会で不信任が決議されたが、辞職はせずに議会を解散した。
 市の第三者委員会で12のパワハラが認定された秋田県鹿角市の関厚市長も、1月30日の市議会で不信任が決議されたが、辞職はせずに5日、議会を解散した。
 2日の岸和田市議選では不信任に賛成した人が全員当選。再び不信任案が提出されれば市長は失職する公算が大きい。3月9日に予定される鹿角市議選でも議会の構成が変わる可能性は低い。
 なぜ自ら辞職しないのか。彼らの心のうちを勝手に想像するとー。
 @ この程度で辞職させられるのは理不尽だ(不満)。A どうせなら議会も巻き込んでやる(意趣返し)。B 出直し市長選で勝てばこっちのものだ(兵庫県を見よ)。
 そういえば、昨年11月に強制わいせつ容疑で書類送検された沖縄県南城市の古謝景春市長も辞職を否定している。
 自らの非を認めず、辞めたら負けだといわんばかりのオレ様対応。今後こうした事例が続くのだろうか。辞めない首長の手本を示したのは兵庫県の斎藤元彦知事である。みんなそろって鉄面皮同盟かい。(25.2.12)

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【恐怖の県政】
 兵庫県の知事と副知事に対する内部告発から丸1年。4日には百条委員会の報告書が発表されたが、斎藤知事は報告書を「一つの見解」と呼び、われ関せずの姿勢を崩さない。ここまで来ると、もうホラーである。
 議会の総意が一顧だにされない恐怖。すべてが「適切に対応した」でスルーされる恐怖。意思の疎通ができない人がトップに君臨する恐怖。
 兵庫県ではもう恐くて誰も公益通報なんかできない。なにしろここでは告発内容を吟味することなく「うそ八百」「事実無根」「公務員失格」と決めつけられ、身元が特定され、公用PCを取り上げられ、中を逐一調べられ、真偽のはっきりしない理由でたちまち懲戒処分にされるのだ。
 あまりのことに全国紙や地方紙もこの件を社説で取り上げるに至った。知事は責任の重大さ自覚せよ(読売新聞)。知事の資質 改めて問う(朝日新聞)。斎藤知事は百条委報告に向き合え(日経新聞)。疑惑認定の結論は重い(北海道新聞)。知事の開き直り、目に余る(中国新聞)。
 昨年11月の知事選で斎藤氏が再選された際、東京新聞は社説で、疑惑が「『帳消し』とはならない」と書いた。帳消しどころか結果は前より悪い。すぐでなくても県議会は解散を恐れず不信任案を再度提出すべきではないか。でないとホラー劇場はいつまでも終わらない。(25.3.12)

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 3月4日には百条委員会の、19日には第三者委員会の報告が出て、知事による複数のパワハラと、公益通報者保護法違反が指摘されたわけですが、能面知事は「真摯に受け止める」「ご意見として受け止める」としか言わず、県の対応は正しかったと繰り返している。
 モンスターというか、エイリアンというか、もはや普通の言語や論理が通じるレベルではなく、論評する言葉が見つかりません。大丈夫なのでしょーか兵庫県。
 それでもなお、斎藤元彦知事を支持する人が一定数(どころか多数?)存在するわけで、唐突ですが、ナポレオン三世が出てきた時や、ヒトラーが支持を集めた時というのは、こんな感じだったのだろうか、と思ってしまう。斎藤知事の振るまいがアリの一穴になって、こうした事態が全国にじわじわと広がることを恐れます。

斎藤美奈子

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