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WEBマガジン 25/12/26


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第170回

件名:なし崩し
投稿者:森 達也

美奈子さま

高市政権発足から二カ月が過ぎました。産経新聞とFNNが12月20・21日に実施した合同世論調査によれば、全世代の政権支持率は75・9%で、18〜29歳は92・4%にのぼるという。街を歩く若者に声をかければ10人中9人以上が現政権支持ということになる。これはもうご祝儀のレベルじゃないね。
ちなみに同時期の毎日新聞の調査では、全世代は67%で18〜29歳では69%。読売新聞は全世代で73%(18〜29歳は見つけられなかった)。朝日新聞は68%で日経新聞は75%。
産経と毎日は全世代で9%も違うけれど、調査はどの媒体もランダムが基本だから、おそらく設問の違いだと思う。
いすれにして高市政権に対する支持率は異様なほどに高いと考えて間違いはない。日中関係悪化のきっかけとなった存立危機事態発言についても、8割以上の人が「よく言った」「評価する」などと支持しているという。
いわゆる保守だけではなくリベラル志向の人たちも、「案じていたほど右傾的ではない」「少し安心した」的な感覚を持っている人が多いようだ。
そうかなあ。僕にはそうは思えない。というか、政権発足時からずっと、とても嫌な雰囲気を感じている。
それを言葉にすればなし崩し的な前提化。
存立危機事態発言についても、その前提となる集団的自衛権の行使が、ただのプロセスになってしまっている。
あらためて書くけれど、立憲主義の空洞化や公文書の軽視や隠ぺい、官僚の「忖度」システムの制度化にメディアの萎縮と自己検閲など数多い安倍政権の負の遺産のなかでも、内閣法制局長官を交代させて政府解釈変更を可能にする体制を整えたうえで閣議決定した集団的自衛権の限定的行使容認は、絶対に元に戻さなければならないと思っている。
集団的自衛権。自国が直接攻撃されていなくても自国と密接な関係にある同盟国が武力攻撃を受けた際に共同で反撃する国際法上の権利。これを具体的に書けば、アメリカがどこかの国から武力攻撃を受けたときに日本はそのどこかの国を武力で攻撃することが許されるということになる。
もちろんストッパーとして「日本の存立が脅かされる明白な危険がある場合」という存立危機事態が条件になっているけれど、これはなし崩し的に解釈されてしまうことは目に見えている。
高市発言が飛び出した衆院予算委員会でも、高市首相は台湾で(海上封鎖などの)有事が起きた場合、それが日本の存立を脅かす事態(存立危機事態)と判断されれば、集団的自衛権の行使(同盟国の軍隊に対する武力攻撃への対処)が可能になるという認識を明確に示している。
仮に台湾の海上封鎖を中国がやったとしても、それがなぜ「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」と解釈できるのか。ここには明らかな飛躍がある。岡田克也議員は存立危機事態の定義が抽象的すぎてこのままではなし崩し的に解釈されるのではないかとの懸念を質問しているのに、高市首相はそれに対してまさしくなし崩し的な存立危機事態の解釈で答えている。
何よりも「戦争の放棄」「戦力不保持」「交戦権否認」が憲法で決められているのに、なぜ集団的自衛権を認める余地があるのか。しかもこの決定は安倍政権時代の閣議決定だ。一強独裁体制だからできたこと。ならば政権交代がもしも行われたなら、絶対に集団的自衛権については改めて議論すべきと僕はずっと思っていた。
でも今回の高市発言をめぐる議論では、存立危機事態の解釈ばかりが前景化して、集団的自警権については規制の前提になってしまっている。
他にも防衛費の大幅な増額、その財源確保のための所得税増税とか、本来ならもっと白熱した議論が行われなければならないはずなのに、やっぱりなし崩し的に軍事化へのプロセスが決まってしまっている。

……とここまで書いて、そういえば「なし崩し」の語源は何だろうとふと気になって調べたら、本来の意味は「ずるずるとなかったことにする」ではなく「借金を一度に返済しないで少しずつ返してゆく」ということらしい。
まあでも、「ずるずるとなかったことにする」は、ある意味でこの国の得意技で負のエッセンス。過ちを犯すときには、ほぼ常にこのメカニズムが働いている。本来の意味ではないにしても、これからもこの言葉を使って批判はしてゆくつもり。
なかなか希望が見えないけれど、また一年が終わります。菊地社長も入れた年末恒例の飲み会も楽しかったです。良いお年を。

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