現代書館

WEBマガジン 26/07/01


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第176回

件名:テレビはどこへ向かうのか
投稿者:森 達也

美奈子さま

前回の書簡で美奈子さんは、
「ジャーナリズムには立ち直ってもらいたいと思うけど、すでに悪循環に陥っている。その意味では、テレビにはもうあまり期待できない。活字メデイアも相当ヤバいことになっているけど、テレビよりはずっとマシと思うのは、活字ベースで生きてきた私の欲目でしょーか。」
と書いたけれど、決して美奈子さんの欲目ではなく僕もそう思います。なぜそう思うのか。新聞の記者のほうがテレビの記者やディレクターよりも意識が高いのか。
もちろんそんなことはない。結果として新聞がテレビよりもまだましな理由のひとつは、世界でも稀なほどに整備されている日本の新聞の宅配制度です。
欧米の新聞は駅の売店やキオスクなどで買われることが主流。一昔前のアメリカ映画などではよく庭に丸めた新聞を放り込むシーンがあったけれど、いまはほとんどない。だから日本の読者は同じ新聞を読み続ける傾向が高い。ということは、市場原理が多少は抑制される。
ちなみにニューヨーク・タイムズやワシントンポスト、イギリスのファィナンシャル・タイムズなど主要紙は、最近は定期購読者の90%以上がデジタル版を読んでいます。伝統的に活字文化を大切にするフランスの代表紙ル・モンドでも、紙で読む人は15%前後。ところが日本の場合はこのパーセンテージが逆転して、主要紙の読者は90%以上が紙で読んでいる(例外はデジタル化に積極的な日経新聞だけど、それにしてもまだデジタルの読者は40〜45%)。
もちろん朝日を購読する人の傾向や嗜好は、産経新聞を読む人の傾向や嗜好とだいぶ違う。新聞はそれに合わせなければならない。つまり顧客への市場原理。これを裏切り続けると他紙に変えられてしまう。
その意味では市場原理と無縁ではいられないけれど、でもちょっとでもつまらないと判断されたら他局にチャンネルを変えられてしまうテレビの市場原理とは根本的に違う。
僕らが子供の頃、テレビのチャンネルを簡単には変えなかった。特に冬の寒い夜、炬燵から出てテレビまで歩いてチャンネルを変えるのは一苦労だったはず。でも今のテレビはリモコンで操作することが当たり前。だから簡単にチャンネルを変えることができる。ならば広告料が下がって収益が減る。
こうしてテレビの市場原理はますます激しくなる。
しかも最近のリモコンには、テレビ局だけではなくAmazonプライムビデオやネットフリックスやYouTubeまで選択できるボタンが搭載されている。ならば市場原理はさらに加速する。その帰結として、刹那的で刺激的でスキャンダラスでわかりやすいコンテンツばかりがテレビの主軸になってしまう。
これからテレビはどこへ向かうのかな。作家や映画監督や大学教員など肩書は増えたけれど、やはり自分の原点はテレビ・ディレクター。その意味では、どんどん劣化してゆく様を見ながら、でも愛着はあります。できるなら最後まで見届けたい。

あと美奈子さんの前回の文章でもうひとつ。

「たぶんこのころから犯罪報道が「視聴率のとれるコンテンツ」と認識されるようになったのだと思うけど、私自身は、こういうニュースを、もちろん把握はしてたけど、みんなが「なぜそればっかりなんだ!」と怒っているのは、あまりピンと来なかった。
なぜかって、いま思い返すと「自分アルゴリズム」が働いて、犯罪報道が始まるとチャンネルを変えるとかテレビを消すとかしてたんだと思う。森君と同じで、事件に興味がないのよ。」
自分アルゴリズム。いいねこれ。美奈子さんの造語? 初めて目にした。これは要するにメディア・リテラシー。自分アルゴリズムか。僕もこれからこの言葉を使おう。

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