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第十三回 『THE COVE』とドキュメンタリー |
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森達也
美奈子さま
『THE COVE』については、部分的には観ました。入り江(COVE)に追い込んだイルカを、漁師たちが小舟から銛で突くシーン。小さな入り江が真っ赤に染まる。 やはりここだけを観れば、相当にショッキングな映像だと思う。ごくごく一般の人がこれを観たとき、何もここまでしなくとも、と眉をひそめるであろうことは容易に想像がつく。
クジラやイルカを食べるなと言う(欧米の)人に対して、じゃあ牛を食べるなと反論することの空しさというか意味のなさは前回にも書きました。そんなレベルの論争に分け入るつもりはない。そもそも一般的な日本人にとってイルカやクジラは日常的に食べる食材ではないし、無理に食べる必要があるとは僕には思えない。 もしもご近所でカモに対して過剰な愛情を抱く人がいて、「お願いだからカモだけは食べないで」と懇願されるのなら、無理に食べることはない。鴨南蛮を我慢すればいいだけの話。これが豚や牛を食べるなと言われるなら、トンカツも好きだしたまにはすき焼きも食べたいから無理ですと言うけれど、カモなら我慢できなくはない。 その程度の話じゃないかと思う。たぶんこれに対しては、「じゃあカモが好きで好きでたまらない人はどうするんだ」という反論が返ってくるかもしれないけれど、それはそのカモが好きで好きでたまらない人が言えばいい。周囲が忖度して言うことじゃない。それにカモが好きで好きでたまらない人がもしいたとしても、アヒルやニワトリで代用できると思うけれど。
反捕鯨団体シー・シェパード(SS)の活動家ピーター・べスーン容疑者(44)が逮捕された12日、同容疑者を乗せた調査捕鯨船「第2昭南丸」が到着した東京港の晴海ふ頭では、海上保安庁や警視庁が厳戒態勢を取り、辺り一帯は物々しい雰囲気に包まれた。 午前10時40分。第2昭南丸のグレーの船体が、東京湾に姿を見せた。「日本の食文化を侮辱するな」。SSの妨害活動に反対する団体の叫び声が怒号に変わり、海保の巡視船2隻と巡視艇3隻が第2昭南丸を取り囲むように、次々と現れた。 (3月12日 時事通信配信)
主張は勝手だけど、でも今のこの国の惨憺たる食料自給率低下については問題意識を持たないのに、わかりやすい仮想敵が出現すると同時に「日本の食文化を守れ」式のシュプレヒコールをあげるこの軽薄さについては、やっぱりもう少し考えろよと言いたい。 二年前にグリーンピース・ジャパンのメンバーが、宅配便の配送会社支店から鯨肉入りの段ボール箱を盗み出して、調査捕鯨で持ち帰った鯨肉を乗組員が鯨肉を横領していると記者会見で告発した事件があった。この二人のメンバーが窃盗で逮捕されることは当たり前。実際に窃盗だ。でも捕鯨船の乗務員があっさりと不起訴処分になったことについては(そもそも調査捕鯨とはどんな意味があるのかの考察も含めて)、やっぱりアンフェアだったと僕は思う。
>これは貴君がいう「ドキュメンタリーは嘘をつく」という切り口で語るのに相応しい題材と考えるべきなのでしょうか。」
『THE COVE』がとても主観的な作品であるという意味では、まったくその通りです。もう少し正確に書けば、全てのドキュメンタリーは同じように主観的であり、この作品はそれがわかりやすく表面化しているということです。
「作品には事実誤認がある。正確な内容でないのに受賞したのは驚きだ」。 太地町の三軒一高(さんげん・かずたか)町長は戸惑いを隠さない。 3月8日の朝日新聞記事から抜粋。
太地町の人たちは「事実と違うことを撮られた」と思う(でも彼らは作品を観たのかな)。実際にそうなのだろう。でも撮影クルーは自分たちが観た事実を撮ったというはずだ。 事実など視点でいかようにも変わる。三里塚闘争を撮るときに、「学生や農民のサイドと国家権力のサイド、この双方から中立な位置で撮影することなど不可能だ」と小川伸介は言ったけれど、物理的にも心情的にもとても当たり前のこと。
事実は視点の数だけある。つまり無限。真実は確かにひとつ。でもそれは神の領域であって人には認知できない。
これは森達也の言葉。相当に気負いがあるけれど、でもやっぱりここは譲れない。だからまずは、ドキュメンタリーが事実かどうかを論じることは不毛と言いたい。これは自己表現なのだから、その思想やメッセージの正当性を論じるべき。
>クジラの話で思い出しましたが、森君のお父様は海保にお務めだったのではなかったでしたっけ(ちがっていたらごめんなさい)。
そうです。海の警察。だから僕は決して警察嫌いではないし反権力でもないのだけど。蛇足ながら父親の状態は前回とほとんど変わらないまま。栃木の獨協医科大学病院の救命救急の病棟にいます。
>爬虫類の件も、私の側ではちょうどいいとっかかりが見つからないのですが、何かお聞きになりたいことがありましたら、なんでもどうぞ。
爬虫類について、今とても興味があるのはウミヘビ。爬虫類であるかぎりは陸上で産卵していると思うのだけど、そんな映像を観たことがない。そもそもウミヘビって謎だよね。コブラを遙かに上回る神経毒を持つらしいのだけど、咬むことはめったにない(ダイバーによれば、触ってもまず咬みつかないとのこと)。ならばなぜ、そんな猛毒を彼らは貯えなければならないのだろう。まあダーウィニズム的進化論が不合理すぎることは今さらだけど。
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