現代書館

WEBマガジン 10/05/17


第十四回 新聞と普天間

森 達也

斎藤美奈子 様

 今回は現代書館編集部の吉田秀登さんから提案してもらったテーマを以下に貼ります。


 かつて新聞業界には三大紙(朝日、毎日、読売)という言葉があったが、毎日新聞の不調が続き、全国一般紙では読売と朝日の二大紙状態になってすでに久しい。東京中日・産経はまだ全国紙には至らない。日本経済新聞は経済専門紙としてオリジナルな路線を確保しているが、専門紙の性格上部数の伸びには限界がある。どこの新聞といわず、新聞そのものを購買する人が減っているのは本当らしい。
 少子化が新聞部数逓減の原因と言われていたが、実際には少子化が本格的に始まる前から新聞を購読しない無読層が増えている。日本人は新聞を読まなくなったのか、それとも買わなくなっただけなのだろうか? そして、それは新聞業界だけの問題ではなく、業界以外の人間にも何か意味があり、わたしたちの社会が抱える何らかの問題が反映されていることなのだろうか?

 新聞のビジネスモデルにとして特徴的なのが宅配システムだが、このシステムも維持が難しくなっている。販売店の拡販競争や、新聞社が販売店に買い取りを強いている「押し紙」なども問題だし、新聞社と販売店の格差や断絶なども問題だろう。新聞社も厳しい経営が続き、大きな収入源である広告も近いうちにインターネット広告に抜かれそうだ。消費者一般の傾向でも環境問題意識の高まりから、紙を大量に使うビジネスモデル自体に反対を唱える動きも出ている。刷ってすぐ捨ててしまう「押し紙」などは、労働問題だけではなく環境問題に敏感な人にも受け容れ難いことだろう。こんなことから新聞に未来はない、という人までいる。
 確かに、通勤電車内でも新聞を読んでいる人は減り、携帯電話の画面か携帯ゲーム機を覗き込んでいる人が多い。
 そんな中でも、「新聞不滅論」とも言える新聞の未来形をイメージしている人もいる。新聞よりインターネットやテレビのニュースのほうが便利だという人もいるが、実はウェブで読むニュースの情報源のほとんどが、まだ新聞社発だ。取材・情報収集、そして分析という事実確認のプロセスはプロの組織があるからこそ迅速にできることだ。これは媒体が紙からウェブに変わっても、新聞社最大の強みとして保持され続けるとしている。技術革新が日進月歩で進んでいる今は、その使い方が安定しない過渡期なのだという見解だ。事実、新聞社のほうも手を打っており、デジタルデータ配信の「電子新聞」化も進めている。すでに利用が進んでいる電子ペーパーがさらに身近になれば、まったく新しいビジネスも生まれそうだ。2011年の地上デジタル放送開始で、コンピュータとテレビは働きが近くなり、むしろ今より多くの媒体で、より確かな情報が求められる時代が到来するだろう。それは多くの記者を抱える新聞社にとって前代未聞のチャンスだ、という見解だ。こう見ると今の新聞は一時的な「冬の時代」であり、やがては「この世の春」を謳歌できるという。まるで正反対の意見が両方ある。まるで地球が温暖化しているのか、冷却化しているのかの論争みたいに、同じデータをどちらから捉えるかで、180度別の見方ができるのだろう。

 でも、このような業界関係者のビジネスモデルの模索とは身を引いて、読者として考えるとまた別の風景が見えてくるのではないだろうか? 読者新聞を読んで、情報を得て、考えるという営みをあくまでも読者の視点から単純に眺めれば、情報が産業として寡占状態に置かれてしまうことではないだろうか? 他の先進国と異なり日本は巨大な全国紙が数百万の読者を親の代からしっかり囲い込んで、それを半ば不動の経営資源にしていた。新聞社の経営刷新、新しいビジネスモデルの確立、媒体の技術革新、メディアミックスによるシナジー効果は読者(情報の受け手)にどんな時代と課題を提示しているのだろう? 
 少数の全国紙と1県1紙のブロック紙(地方紙)体制も戦前からの遺物で、自由な市場競争が求める状態ではないのではないか? ブロック紙では今も実は最重要な記事は「お悔み記事」だ。地方の大物のご不幸を知りお通夜に馳せ参じるのは地域経済界の重大事項だ。これは確かに読者が報道に求める需要だろう。でも、そろそろ読者の側も変わるべきときではないか。可能性と危険性を考えてみたい。 健全な情報競合状態を創るためどうしたらいいのだろう。 


 一読したかぎりでは、現代書館の吉田さんのこの論考を上回るほどの文章を僕は書けそうもない。美奈子さんはどう?

 もうひとつだけ、普天間問題についての疑問を記します。現状では、北マリアナ諸島でサイパンのすぐ隣にあるテニアンが米軍基地の誘致を望んでいるというのに、なぜこの問題はこれほどに錯綜するのだろう。そしてマスメディアはなぜ、テニアンのこの提案を、もっと大きく報道しないのだろう。
 国内中のどの地域も嫌がっているのだから、国内で(誰もが納得する)解決策など絶対にない。(鳩山は)口にしたのだからやれということなのだろうけれど、これではほとんどイジメ以下だ。以前この往復書簡でも書いたけれど、僕は民主党政権にあまり期待していない。でもそれとこれとは別だ。
 もちろんテニアンに基地を置いた場合、いわゆる抑止力の質は変わるかもしれない。でも冷戦構造が終結した今、極東アジアにおける米軍基地の意味はかつてとは絶対に違うはずだ。そもそも基地は本当に必要なのかとの問題提起も含めて、もっと本質的な議論があってもいいと思う。
 朝日新聞2月17日版のオピニオン面でジョージ・パッカード米日財団理事長は、「普天間は、実態以上、必要以上に大きく騒がれてしまった。60年安保やベトナム戦争など日米同盟における過去の深刻な危機とは比較にならない。(中略)今も沖縄にあれほどの基地が必要なのか。想定している敵はどこなのか。北朝鮮はどう出る、中国をどう見る。そんな掘り下げた議論をしないで、やれ離島だ、やれ既存基地だと、候補地をむやみに挙げるばかりでは、いつまでたっても解決しません」と述べている。
 そもそもアメリカの国会議員の多くは普天間問題を知らない。つまり(アメリカにとって)この問題のプライオリティは相当に低い。ところが日本では、日米関係の危機とか信頼関係が損なわれたとか大騒ぎだ。
 核安全保障を話し合うためのサミットでオバマ大統領が、いろいろ摩擦のある中国やNPTに加盟していない核保有国のインドと長く会談の時間をとったことは、会議の目的を考えれば当たり前だと思うのだけど。「長く話してくれなかった」とか「写真を撮る際に隅に追いやられた」とか、何だか国全体が小学校のホームルームのようだ。

 それにしても寒いですね。数日前に家の近くで見かけた巨大なシマヘビのその後が心配。この返信がアップされる頃には、少しは春らしくなっているのかな。

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