|
web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第一回 |
|
斎藤美奈子
虫の話をせよとのお達しでしたが、今年は(っていうか、ここのところずっと)虫取りにもいっていないので、いいネタがありません。 なので、フェンシングの話でもしようかと思っていたのですが、今回は床屋談義を少しだけさせて。金曜日の恒例になった官邸前(議事堂前)デモ。森くんがNHKテレビの「クローズアップ現代」でコメントしていた、あのデモについてです。私の感じ方も、貴君とほぼ同じで、基本的には「いいんじゃないの」と思っていたのですが、先日、はじめて参加したという知人から、おもしろい(?)メールをもらまいました。8月10日(金)の話です。
10日は第二議員会館の前で、18時から20時まで「再稼働反対」「原発いらない」と叫び続けていました。日の丸の小旗を持って参加している人、日蓮宗系の団体の新聞を配っている人もいましたが、いろいろな立場や考えの人が「反原発」の1点で一致して結集するのはけっこうなことだと思います。 ただ、この日の行動で、ぼくたちは主催者の(?)トランジスタメガフォンのコールに唱和していたわけですが、終りの方で少しコールに変化が生じてきました。「原発いらない」から「命を守れ」「子どもを守れ」「緑を守れ」ときて、しまいには「日本を守れ」というコールが混じってきました。20時が迫るにつれて「日本を守れ」の回数が増えてきました。「子どもを守れ」や「緑を守れ」も「反原発」とは少しずれたコールですが、ここまではあまり異論はないところでしょう。しかし「日本を守れ」となると趣旨が違ってきます。 原発事故で壊されてしまった日本の自然や文化を守りたい思いからことばがすべってしまったのかもしれませんが、どさくさで妙な主張をまぎれこませたようなふうにも感じました。 ぼくは「日本」を守りたくてこの行動に参加したわけではありません。どこの国籍の人でもどんな主義主張の人でも「原発いらない」というシンプルな主張に賛同した人なら立ち寄って参加できる開かれた行動だと思ったから参加したわけです。しかし「日本を守れ」はちょっと違う。ましてこの日は李明博大統領が竹島に上陸した日です。こんな日に「日本を守れ」と叫べば単なる「日本の自然を守りたい」という意味には受け取られない、そんな違和感も感じてしまいました。
「反原発」と「日本を守れ!」。すごいよね。個人的には違和感ばりばり。 メールの主もいっているように、この日(8月10日)は韓国の季明博(イ・ミョンバク)韓国大統領が竹島に上陸し、約1時間余り滞在した日だったわけです。で、大統領の発言は、このあとどんどんエスカレートしていった。国内向けのパフォーマンスだという説がもっぱらですが、8月15日には「魚釣島へ香港の活動家らが不法上陸」というニュースも流れた。 この件については、過剰反応しないほうがいいので、強制送還という措置でよかったと思っていますけど。 反原発デモに話を戻すと、あのような示威行動にも、もちろん意味はありますが、そろそろ次の段階に進まないと(政治的な実効性をともなうような)、みんな飽きて(?)、せっかくの運動エネルギーが雲散霧消してしまうような気もします。 長くなるので、今日はここまで。また思いついたら書き込みます(というのが掲示板のいいところですものね)。
------------------------------------------------
現代書館(菊地)
金曜日のデモには私も2回行ってます。官邸前で人に揉まれながら、「これがデモかよ」と最初はちょっとがっかりでしたが、これはこれでいいんだな〜、と思い始めました。 いろんな人、意外な人に会えて、「あの人もデモにくるんだ〜」と思ってよく考えると、「そうか、今は印刷屋のオヤジだけど、そうだよな〜、かつては某セクトの偉いさんだよな〜」、と思ったり、かの超有名評論家が3番目の奥さんと来ていたり、なんか、デモの来る人の思いがしのばれて想像するだけで「楽しいデモ」と思ってましたが、次第に飽きちゃうんですよね……。 「日本を守れ」って一水会のデモみたい(実は一水会は好きですが彼らのデモはみたことがないので、想像で書いてます。ゴメンなさい!)。大いに違和感ありますね。
------------------------------------------------
森達也
美奈子さんの問題提起に引き続き、床屋談義をもう少し。そろそろ虫やグルメやアテルイなどの話に転回したいのだけど、どうしても書きたくなるような騒動が起きてしまう。まずは8月半ばの「新潟日報」に掲載した記事を引用します。
風の言葉石の声 20回目
(前略)領土とはすなわち利権でもある。それも個人ではなく国家レベルだ。ところが普段は国家の利益に対してさほど大きな興味や関心を抱かない人たちも、領土問題になると突然、その形相や話法が変わる。主語が「私」や「僕」などの一人称単数から「我々」や「我が国」などの一人称複数や代名詞に変わり、その帰結として述語が暴走しやすくなる。 この問題を先送りにして次の世代に託したとしても、発想を変えない限りは、間違いなく新たな知恵など出てこない。 ならば「譲渡する」ことも一つの選択だ。 人が居住しているのなら話は別だ。でも尖閣にしても竹島にしても北方領土にしても、現時点で日本国籍を有する人は住んでいない。 もちろんタダとは言わない。漁業権や海洋資源、排他的経済水域などの問題については、譲渡のバーターとして、今後見込まれる利益を分配するとか契約を交わすとか交渉を繰り返すとか、それこそ大人の知恵が必要だ。 国土面積において世界第?位の日本は、排他的経済水域面積については世界第6位だ。韓国はもちろん、中国やロシアよりもはるかに大きいのだ。ならば「ムキになる」以外の選択肢を示すことも可能なはずだ。 ここ数日のニュースを見ていると、まるで中国や韓国がそれぞれ一枚岩となって反日の雄たけびを上げているかのような気分になってくるけれど、尖閣に上陸した香港の活動家たちは決して中国人の総意を体現しているわけではないし、イ・ミョンバク大統領のスタンドプレイを苦々しく思っている韓国人も数多い。メディアはそうした多面性を伝えなければならないし、日本人としても抑制的に行動すべきだ。 無用な諍いや争いを回避するためならば、少しばかり領土や領海が小さくなってもかまわない。弱腰と呼びたいのなら呼ぶがよい。私たちは自国と他国の人たちの命を何よりも大事にする。 もしもそんな判断をこの国が示せるならば、僕はそのとき本気で、この国に生まれたことを「誇り」に思う。 このコラム掲載後、激しい反論や批判が、インターネットの掲示板などに書きこまれた。まだ読んでいないのだけど、「新潟日報」にも反論の投書がいくつかあったらしい。送ってくれるように頼んでいるので、できれば次回で紹介します。反論や批判は覚悟というか、充分に予想していました。ある意味で「領土を守れ」と絶叫する人たちを挑発しているのだから。でも批判や反論は今のところ、「ならば韓国籍を取れ」とか「さっさと中国に帰れ」などお馴染のレベル。 挑発と数行前に書いたけれど、でも書いた論旨は本気です。ただし報道を見るかぎり、日本の国旗を焼いたりデモで反日を叫ぶ中国や韓国の一部の人たちについても、同じことを思うけれど。
それともうひとつ。金正日の料理人だった藤本健二氏が最近平壌に招かれて金正恩第一書記や側近たちの晩さん会に主賓として招かれたということで、多くのメディアは大騒ぎ。ただどちらかといえば、メインストリーム・メディアはあまりこの話題には触れず、バラエティ系番組やワイドショーのほうが大きなトピックとして取りあげているとの印象を持った。たまたま見たスマップの番組でも藤本さんがゲストで喋っていた。おそらく北朝鮮への敵視政策を続けてきたメインストリーム・メディアの多くは、金正恩がいかに友好的に自分に接してくれたかを強調する藤本さんの話は、使いづらいのだろうな。ついでだけど以下は、韓国の「中央日報」が28日に掲載した記事です。
先月、北朝鮮を訪問し、金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に会った金正日(キム・ジョンイル)の元専属料理人、藤本健二氏。藤本氏は本マグロを持ち込んで寿司を振る舞ったという。ところがこの本マグロは、日本が定めた禁輸品目に該当し、問題になっていると、JTBCが報じた。 先月21日から2週間、平壌(ピョンヤン)を訪問した藤本健二氏。藤本氏は久しぶりに金正恩第1書記に寿司を振る舞おうとして、本マグロを持って平壌へ行った。ある外交消息筋は「藤本氏がぜいたく品に該当する大トロを金正恩第1書記に振る舞って問題になっている」と説明した。日本の税関は藤本氏の実名を知らず、特別物品検査なしに通過させたと釈明したという。 日本は06年の北朝鮮の最初の核実験の後、対北朝鮮制裁措置として高価な本マグロ、キャビア、牛肉、自動車、カメラなどを輸出規制品目に含めた。藤本氏は北朝鮮で働いていた当時も、時々、日本に来て本マグロを買って帰った。北朝鮮では本マグロが捕れないからだ。美食家の金正日総書記は刺し身と寿司で本マグロを楽しんだ。
日本政府はなぜ、本マグロやキャビア、自動車やカメラを輸出規制品目にしたのだろう。こんな高価なものは軍部や労働党の上層部にしか意味がないからということなのだろうけれど、何となく子供の喧嘩の延長のようにも思える。
某所で聞いた話だけど(何だか怪しげだ)、おそらく北朝鮮はこれから劇的に変わる。金正恩は先軍政治を変えたいとの明確な意識を持っているし、彼の叔父で後見人である 張成沢国防副委員長も、金正恩の改革路線をサポートしようとしている。もしも大きなハプニングがあるとしたら、抑えつけられた軍が暴発すること。その可能性は踏まえつつも、北朝鮮に対しての日本のメインストリーム・メディアの報道姿勢は、そろそろ変わるべき時期に来ていると思う。少なくとも日本以外の国すべてがロケットと呼称しているのにミサイルと呼び続けたり、将軍さまの「さま」を強調する(前にも書いたけれど、朝鮮語では目上の人にさまを付けることは当たり前)ような報道は、そろそろ変わらねばならない。
|
|
|
|
|
|