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WEBマガジン 14/05/13


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第二十五回

件名 :初めての北朝鮮
投稿者:森達也 2014/05/08

 斎藤美奈子 様

 連休を利用して平壌に行ってきました。
 と言うと多くの人から「北朝鮮って行けるのか?」などと言われるのだけど、その気になれば観光旅行もできる。現に北京から平壌へと向かう飛行機では、半分以上を占める欧米からの観光客以外に、日本人観光客も一人いた。若い男性。もう10回近く北朝鮮に一人で来ているという。
 ただし今のところ北朝鮮観光は安くない。国交がないから直接平壌に行くことはできないし、外国人観光客には必ずガイドがつく(彼にも迎えのガイドが空港に来ていた)。一般国民が立ち入る市場などにも自由に行き来はできない。

 今回の渡朝の主目的は、よど号グループの人たちに会うことだった。今も平壌に暮らしているのは、小西隆裕と安倍公博、若林盛亮と赤木志郎の四人。他にリーダーだった田宮高麿の妻である森順子と若林の妻である佐喜子がいる。
 ……とここまで書きながら、本当なら彼らの名前のあとに「さん」を付けるべきだと思う。滞在のあいだ最初の二日間だけは平壌市内のホテルに宿泊したけれど、残りの日程は彼らの家(宿舎)に泊めてもらった。つまりとてもお世話になった。しかも全員が僕よりも年長だ。本来なら呼び捨てなどあり得ない。
 でも「さん」付けしない理由は、彼らが国際指名手配されているからでは(断じて)ない。何となく文章が弛緩してしまうから。理由はそれだけ。
 四人の元ハイジャック犯は、もうずいぶん前に自分たちの過ちを認めている。妻や子供たちは少しずつ帰国している。彼らも帰国して罰を受けるつもりでいた。でも森順子と若林佐喜子、そして安倍公博には、ヨーロッパにおける日本人拉致に関与したとして逮捕状が出ている。だから今は帰るに帰れない状況。
 これについては書き始めると長くなる。いずれにせよ拉致問題はオウムと同様に、その後の日本人の意識を大きく変えた大きな要素の一つだ。だからこそこれほどに強引な容疑がまかりとおる。彼らへの疑惑については、昨年春に刊行された『拉致疑惑と帰国』(河出書房新社)に、彼ら自身が反論を書いている。こうした疑惑が生まれた背景への考察については一部同意しかねるところはあるけれど、でも少なくとも、彼ら自身が日本人拉致工作に全く関与していないことは自明だと思う。

 初めての北朝鮮ということで、今回は金日成や金正日の巨大な銅像がそびえる万寿台大記念碑やチュチェ思想塔、金日成の生家である万景台や平壌サーカス劇場、(できたばかりの)凱旋青年公園(要するに遊園地)など、ひととおりの観光はした。確かにガイド(兼通訳)は付いていたけれど、一人で行動することもそれなりにできる。
 行く前にはテレビなどで「敬愛する将軍さま…」などと国民が口にする映像を眺めながら、相当に無理をしているのだろうなと思っていた。でも多くの北朝鮮国民(ちなみに彼らは北朝鮮とは言わない。だって国名のどこにも北の文字はない。これはあくまでも日本の呼称。世界的にはノースコリアだけど)と話しながら、本気で金日成や金正日、そして今の金正恩を敬愛しているということは実感した。建て前ではない。本気で「素晴らしい指導者」と彼らは思っている。
 もちろんこうした意識が形成される背景には、国外のネットやメールにはいっさいアクセスできないというメディア状況がある。日本のかつての天皇制を引き合いに出すのは安易すぎるし乱暴ではあるけれど、でも確かに近いものを感じる。とにかく公共施設のほとんどには、金日成や金正日の例の肖像画が飾られている。やはり最近できた温水プールのある遊戯施設「ムンス・ムルノリジャン」に行ったときは、正面の自動扉が開けば金正日の等身大の蝋人形が(まるでカーネル・サンダースのように)目の前に立ちながら笑っていて少し焦った。しかもすぐ横には兵士が立っていて、お辞儀を強制される。
 とにかく街中には兵士があまりに多い。男性のほとんどは人民服を着ているから、その印象がより強くなるのかもしれないけれど。でも兵士たちの多くは建設現場や農場で働いている。ならば最初から建設作業員や農民でいいじゃないかと思うけれど、これが先軍政治ということらしい。
 とりあえずは帰国報告。次も書くかも。

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