現代書館

WEBマガジン 16/12/22


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第六十回

件名:さまざまな視点を知るために
投稿者:森達也

美奈子さま

鉱山はよくわからないけれど、鉱物は(妻からの影響なのだけど)好きです。ミネラルフェアって行ったことありますか? 世界中のミネラル(鉱物)の展示販売会。何度か出かけました。クリスタル系もいいけれど、セレスタインとか本当に綺麗です。でも最近は(スピリチャル系のたまり場になっていることもあって)全然行っていない。
自分は毎日何をやっているのだろう。好きなことが何もできていない。旅行はすべて仕事がらみ。自由業といえば聞こえはいいけれど、仕事とプライベートの境界が曖昧すぎて、何だかいつもいつも背中を押され続けているようで、このまま時間ばかりが過ぎてゆくのか、と時おり暗澹たる気持ちになる。残された時間を考えると、プルーストはおそらく読めない。英会話のレッスンも怪しい。チェロを演奏する技術を習得したかったけれど、それも難しいかもしれない。
でもさあ、「この世の中でたった一つだけ確かなことは、自分もいつか死ぬことだ」とのフレーズをよく見かけるけれど、それだって怪しいと思わない? だって死んだ人が言うのならともかく、まだ誰も死んでいないのだから。
臨終の場でいきなりベッドの横の扉が開いてファンファーレとともに楽隊が現れて、「嘘だぴょーん。人は死なないよ」などと先頭の人が紙吹雪をまきながら言う可能性もあると思うのだけどな。SFでは時おりありますね。世界自体が実はフェイクだったとの設定。
……何を書いているのだろう。推敲したら削る箇所だろうと思うけれど、このまま送ります。

ここから本題。
二カ月ほど前に、元オウム信者のご夫婦に、しばらくぶりに会いました。『A3』文庫版で最後にインタビューした二人は、教団内ではかなり高い位置にいて麻原彰晃にもよく接していたのだけど、事件には一切関わりはないし、地下鉄サリン事件が起きる前に脱会しています。
たまたま来日していたマンチェスター大学のエリカ・バッフェリ教授(専門は宗教学)を二人に紹介するための再会だったのだけど、この二十年、二人はずっと事件のこと、そしてオウムは何を間違えたのかを、考え続けています。もちろんこれまで、元信者で今も事件について考え続けている人にはたくさん会ってきたけれど、二人はオウムが変貌する過程を麻原の傍で過ごしているので、その体験や視点はいろいろ意味深く、同時にとても示唆的です。
週刊誌などでは、「麻原処刑Xデーが迫る!」的な記事をたまに見かけるけれど、完全に精神喪失(耗弱のレベルじゃない)の状態にある彼をもし処刑したら、日本の司法は完全に崩壊していることが明らかになる(まあすでに明らかだけど)。
2004年の一審判決公判を傍聴して以降、僕はずっと、麻原の精神状態は普通ではないと言い続けてきた。これに対して多くの識者やジャーナリストたちは、「あれは詐病だ」とか「一回の傍聴で何がわかる」などと反論してきた。でも最近は、「あれは詐病だ」的な発言は聞こえない。さすがにそれは違ったかもと思っているのだろう。それに詐病を演じる理由は死刑確定を遅らせるためと彼らは当時説明していたけれど、結果的には遅らせるどころか、麻原法廷は一審のみで確定してしまっている。
千葉景子法相時代に法務省は確定死刑囚全員の精神状態をチェックして、「すべて健全な精神状態にある」と発表したけれど、このときには袴田元死刑囚も拘置中だった。それだけでも、いかにお手盛りで結果ありきのチェックであったかは明らかです。

「(側近信者は)みんな、あまり麻原の言うことを聞きません。彼も三回までは言うのだけど、それで指示通りにならなければあきらめていましたね」
「Iさんは特に、指示もないのに勝手に判断したり配下の信者に行動させたりしていたので、麻原はいつも怒っていましたね」

これは印象に残った二人の会話の断片。もちろんこうした見方に対して、「尊師の命令は絶対だった。指示に背いたり勝手に動くなどありえない」との見方をする信者もいる。いて当たり前。視点は人によって違う。僕はいろんな視点を知りたい。届けたい。気づいてほしい。少なくとも事件への総括として、「凶悪な俗物詐欺師が日本を征服するとの野望を達成するために信者たちを洗脳してサリンをまいた」的な漫画チックな解釈は絶対に違う。

二人については、何らかの形で本にしたいと考えて、現代書館の菊地さんにもOKをもらいました。たぶん来年早々、できれば麻原処刑前に、麻原法廷や事件解釈の欺瞞や矛盾を、もっと多くの人に知ってほしいと思っています。

とりあえず良いお年を。……どう考えても良い年にはなりそうもないけれど。

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