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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第八十一回 |
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件名:受賞作なしの雑感 投稿者:斎藤美奈子
森 達也 さま
オウム死刑囚の死刑執行があったり、西日本一帯の大水害があったり、あわただしくいろいろなことが起こっています。私が片足をつっこんでいる文学の世界では、群像新人文学賞を受賞し、芥川賞にもノミネートされた、北条裕子『美しい顔』が事前に参考文献を明記していなかったということで物議をかもしています。
この作品の評価については考えがまとまっていないのですが、それでひとつ思い出したことがある。私もいくつかの文学賞の選考を経験しましたが、一度、難しい判断に直面したことがあったのね。2010年の文藝賞のときです。 この年の文藝賞は、選考会で一度選んだ当選作を、のちに取り消したため、「受賞作なし」になったのでした。選考後、ネット上でこの作品と酷似したプロットの長文が見つかったためだった。文章がそっくり同じというわけではないものの、あまりに内容が似通っており、しかも参照したと思われる文書は複数あった。 こうなると作者のオリジナリティに疑問符がつくわけで、再度、選考委員が集まって会議をし、全員一致で「受賞作なし」に決めたのです。次点になった作品を繰り上げることも考えたけど(編集部はぜひそうしてほしかったと思うよ)、一度話し合って出した結論を、事情が変わったからといって覆す気持ちにはなれなかった。
幸い、類似が判明したのは、作品名も作者名も公表する前だったので、本来なら受賞作が載るはずだった「文藝」には、選考の経緯だけを発表する形になった。 不幸中の幸いだったと思います。いまだから明かすと、当該作品の作者はまだ大学生だった。もしその人の名前や顔や作品が表に出ちゃったら、その人の今後の人生に大きな不利益をもたらしたと思うし、文藝編集部や選考委員も汚点を残すことになっただろうと思います。編集部や選考委員はいわば「被害者」なんだけど、事前に発見できなかった責任もあるし、こういうことで若い人の将来を潰したくはないからさ。
ということで、このときの文藝賞は、ぎりぎり危機を回避することができましたが、同じ年には「詩と思想」新人賞に選ばれた中学生の作品(詩)がネット上にアップされた作品の盗用とわかり、受賞を取り消されたという「事件」がありました。この場合は、作品も作者の名前も公表された後だった。そりゃあ盗用はよくないに決まっているけど、まだ中学生だしさ。著作権とか知的所有権とかについての認識が浅かっただけかもしれないし、ちょっとかわいそうだった。事前にトラブルを回避することはできなかったのかと考えると胸が痛みます。
『美しい顔』は作者のオリジナリティは確保されており、明確に「盗用」とまではいえないと思うのですが、一度そういうイメージが張りついてしまった作家が失地を回復するのはむずかしいという現実があります。特にネット社会では。 『美しい顔』は震災がからんでおり、またフィクションとノンフィクションの関係性の問題がからんでいるので、ことはなかなか複雑なのですが、「311」や「FAKE」を撮った貴君なら、この問題をどう見るだろうかと思ったりしました。 斎藤美奈子
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