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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第101回 |
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件名:パンデミックの中で 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
「i 新聞記者ドキュメント」の日本映画ペンクラブ賞(文化映画部門ベスト1)受賞おめでとうございます。「新聞記者」も日本アカデミー賞で3部門独占。すごいね。
両方見ましたが、貴君のドキュメントのほうが私はおもしろかった。劇映画の「新聞記者」については、ジェンダー論的な観点で見ると、問題が多いんだよね。 詳しくはこちらをどうぞ。 https://websekai.iwanami.co.jp/posts/2221
「昭和オッサン映画?!『新聞記者』に見る日本の「リベラル」の闇」。この論考を書かれた林香里さんの意見と、私はほとんど同じです。 モーレツ深夜残業に邁進する男と、夫を陰で支える献身的な妻。「この作品では、女性には、つまるところ、「娘」か「妻」か「母」という役割しか与えていない」と林さんは書かれてますが、まったくその通りで、特に私がガックリきたのは、主人公の吉岡エリカ記者の不正に立ち向かうモチベーションが「亡き父のカタキをとる」だったことです。女が不正に立ち向かうのは、社会正義の実現のためじゃないんかい、動機は身内のウラミなんかい、という感じです。失礼な話です。 でもまあ、これが賞をとるのは、安倍政治に対する不満が、それほど募ってるということなんでしょうね。どこまでも昭和なこの作品を政治的な不正に果敢に挑む勇気ある映画として讃えなければならないところに、この国の不幸が凝縮されてる気がします。
閑話休題。 いまや世界は、新型コロナウイルスのパンデミックに見舞われています。 中国の湖北省武漢市で「原因不明のウイルス感染性肺炎」の最初の症例が報告されたのが昨年の12月。とはいえ1月中は、日本じゃ「対岸の火事」な感じでしたよね。 私が「これは他人事ではないかも」と思ったのは2月3日、横浜港でクルーズ船「ダイヤモンドプリンセス」の検疫がはじまった頃だった。そこからは、でも急転直下。安倍首相が「この1・2週間が瀬戸際」だとして、(専門家会議の意見も聞かず)3月2日からの全国一斉休校を要請したのが2月28日。今日(3月27日)で、ほぼ1ヶ月ってことになります。東京五輪も延期になり、小池都知事は週末の行動自粛を要請しました。今年のはじめには、予想もしなかった事態が進行しています。
この1ヶ月、考えたことはいろいろありますが、五輪を日程どおりに開きたいという思惑があったとはいえ、PCR検査がいっこうに進まぬ状況を前に、もうこの国は先進国ではないんだ(韓国も台湾も先進国だけど)とつくづく思ったよ。 もうすこし引いた視点からいうと、新自由主義経済の歪みは、こういうときに一気に出る。7500人超(3月27日現在)の死者を出したイタリアの医療崩壊は、医療費を極端に削減した緊縮財政の結果だと報道されていますが、イギリスもアメリカも、すでに崩壊寸前とか。ネオリベのツケが回ってきた気がします。 それでも外出禁止令などの厳しい指令を出した各国は、すでに大幅な緊急財政出動を打ち出している。たとえば…… アメリカ アメリカ史上最大となる総額2兆ドル(約220兆円)規模の景気対策を満場一致で可決。年収7万5000ドル(約825万円)以下の大人1人につき1200ドル(約13万円)、子ども1人につき500ドル(約5万5000円)を直接給付。 イギリス 営利非営利を問わず、1人月額2500ポンド(約32万円)を上限に賃金の8割を支給。さらに企業の納税の一部繰り延べや小規模店などへの助成金として、約3300億ポンド(約43兆円)規模の政府保証つき融資枠を設定。 フランス 総額450億ユーロ(約5兆4000億円)規模の緊急経済支援。企業が休職する従業員に支払う手当を、法定最低賃金の4.5倍を上限に国が100%補填。また企業救済の基金に20億ユーロ(約2400億円)を用意し、休業を余儀なくされた一部企業に対して1500ユーロ(約18万円)の支援金を即時支給。 ドイツ 7500億ユーロ(90兆円)規模の財政出動を決定。大企業向けに4000億ユーロ(約48兆円)の債務を保証し、1000億ユーロ(約12兆円)を中小企業向けに出資。「労働時間の短縮」を求め、労働時間減少による給与減少分の一部は政府が保証。 韓国 100兆ウォン(約9兆円)の金融支援策。休業した企業には社員の休職手当の9割を支援金として支給。従業員が有給休暇を取得した場合には1人当たり1日最大で13万ウォンを企業に補填。
それに対して日本はどうか。先般の臨時休校対策に当てられた予算は1兆6,000億円だった(従業員に休ませた事業者に1日あたり上限8,330円、フリーランスと業務契約している事業者には1日4,100円)。対象は「事業者」だし、こんなのいつになるか。 じゃあ今後の経済対策はというと、当初の予算は153億円。27日に可決した来年度予算案の新型コロナ対策費はたったの5000億円。1人当たり10万円を直接給付という話もいつのまにか消え、和牛商品券の配付なんて「マジか?」な話まで出ている始末だ。
こういうときこそ野党は具体的な提言をすべきじゃないんですかね。 国民民主党は30兆円規模の財政出動の要求を党内で検討中、共産党は消費税の5%への減税を主張しているようですが、これについては、機を見るに敏な維新が一歩先んじた提言を出しています。それによると…… 緊急経済対策として60兆円規模の財政出動。公共料金や給食費の免除。一人あたり10万円の現金給付。消費税率8%への引き下げ。さらに、感染者拡大を防ぐためにホテルや旅館を借り上げ、軽症者向けに活用する。 維新を私はまったく評価してないし「言うだけじゃん」とも思うけど、この提言は(人気取りが目的だったにせよ)まともだよ。
ちなみに、反緊縮を掲げる「薔薇マークキャンペーン」は、「消費税・新型コロナショックへの緊急財政出動を求めます」という提言を出しています。 詳しくはこちら。 https://rosemark.jp/2020/03/22/rose_shock-1/ 財政出動の規模は55兆円。具体的な柱は「日本の全人口に対し、一人当たり20万円を1の現金給付」と、景気回復するまでの「消費税停止」です。
まもなく増刷されると思いますが、新潮文庫のカミュの『ペスト』は2月からずっと品切れ状態。この間に私も感染症関連書籍を、フィクションもノンフィクションも含めていろいろ読み、自分の無知を思い知りました。マラリア、ハンセン病、ペスト、天然痘、コレラ、梅毒、結核、エイズ、インフルエンザ、エボラ出血熱、鳥インフルエンザ、SARS、MERS、デング熱……。感染症、完全に舐めてたわ。感染症が歴史を変えた、その影響力は戦争すらも凌駕する、という意味がようやく実感としてすこしわかりました。今日のような事態は、ある意味、十分予想されてたんですね。
斎藤美奈子
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