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WEBマガジン 21/02/22


web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第112回

件名:馴致する能力と、違和感に馴れてしまうこと
投稿者:森 達也

美奈子さま

>ところで菅政権の支持率ですけど、このあとどうなると思います?
この質問をされてから、少し間が空いてしまった。現状は下げ止まり。理由はワクチン接種をとにかく始めたから、とテレビで誰かが言っていた。まあでも、これは予想していた。理由はワクチンだけではなく、トップを支持しないという姿勢を示し続けることに疲れるのだと思う。
こういう書きかたをすると、「どうしてこの国の住人はダメなのだって言いたがるのか」とまた言われそうだけど、この国の人は統治者を支持しないという姿勢を持続することが苦手だと思うよ。むしろ自分自身を合わせようとする。
ただし今、菅首相長男の会食問題が大きな焦点になっていて、これが今後、政権や首相の支持にどのように影響するのか。まあでも、総務省と東北新社には大きな痛手になっても、首相にはほとんど影響はないだろうな、と本音では思う。
でもこの問題、第二次安倍政権からずっと続いているこの国の統治のありかたの問題点を、とても普遍的に表出していると思う。

1、人事を掌握することで最大限の権力を獲得した支配構造の問題と弊害。
2、ジャーナリズム、特に既成メディアが抱えてしまった問題と記者クラブの弊害。

菅首相は国会で、長男とは別人格だ、と気色ばんだ。確かにそう。仮に(40歳を過ぎた)長男が違法薬物をやったとか誰かに怪我させたということならば、別人格であるとのロジックはまったく正当。でもこの騒動の根源にあるのは、総務相として初入閣した菅義偉が、まずは長男を政務秘書官に抜擢して、さらにその後に官房長官から首相へとなって大きな力を持ったとき、総務省管轄の電波事業を主な業務とする企業に迎えられた長男が総務省幹部への接待に及んだ、ということ。別人格で済む話ではない。
このあいだ、前川喜平さんと少し話したのだけど、官僚がここまで公務員倫理規程はもちろん暗黙のルールに対してノーガードになってしまう状況は、普通ならば絶対にありえないとのこと。
それと、東北新社でメディア事業部趣味・エンタメコミュニティ統括部長の地位にある菅正剛氏は、『囲碁・将棋チャンネル』番組の最高トップでもある。この番組のメインクライアントで長く菅首相を支援してきた『ぐるなび』の滝久雄会長は、ペア碁の普及に功績を果たしたなどの理由で、2020年度の文化功労者に選定されている。ここにもいろいろ裏の接点があります、と前川さんは言っていた。まあ確かに、ペア碁なんて初めて聞いた。普及しているとはとても思えない。
人事を掌握して権力を手中にするという手法は、まさしく第二次以降の安倍政権の力の源泉だったし、例えば(理由など何も明らかにならないまま、もう誰も口にしなくなってしまったけれど)学術会議の任命問題にも通底している。菅首相はいわばそのメカニズムの中枢。ただし裏方。表面に出るタイプではない。でも出てしまった。器じゃないのに。

もうひとつの問題。このスクープは(後続の同録音声発表も含めて)週刊文春だ。自民党議員の夜の相次ぐ会食をスクープして4人の議員を離党に追い込んだのも週刊文春。そして、安倍首相が退陣した理由のひとつではないかと噂される「桜を見る会」疑惑をスクープしたのは赤旗日曜版。
この二つのメディアに共通することは、どちらも記者クラブに加盟していない(できない)メディアであること。
ネットなどでは、既成メディアは権力の機嫌を損ないたくないから知っていても報じないのだ、などと断定する書き込みが散見されるけれど、僕はそこまでダメになっているとは思えない(ぎりぎりだけど)。桜を見る会スクープのときは、毎日新聞がメディアの問題としてこれを検証していて、視点に馴れてしまうことの危険性を結論にしていた。まあどちらかと言えば、僕の意見もこれに近い。
環境に馴致する能力が高いからこそ、人類はこれほどに繁栄できた。だってアマゾンの熱帯雨林にも暮らしているし北極圏のツンドラや砂漠でも生活を営んでいる。こんな生きものはちょっと他にないのでは、と思う(唯一の例外は人と長く共存してきて品種改良を施されてきた犬だけど)。
でも馴致する能力が高いということは、違和感に馴れてしまうことでもある。つまり自分を環境に合わせる。芽生えた違和感をないことにしてしまう。人類全般の属性ではあるけれど、この国はその傾向が少し強いのでは、とやっぱり思う。

閑話休題。今年は連合赤軍事件から50年。ここ数年、例えば三里塚の闘いをテーマにした『三里塚のイカロス』や反日武装戦線を検証する『狼をさがして』、相模原で米軍の戦車輸送を市民と学生が止めた『戦車闘争』とか、全共闘や市民運動をテーマにしたドキュメンタリー映画がとても多い。4月には第一次羽田闘争をテーマにした『きみが死んだあとで』も公開される。現状に馴致されなかった人たちの記録。今とは何が違うのだろう、と考えながら観た(まあでもあの世代も最終的には馴致しているけれど)。特に『戦車闘争』は、市民や活動家だけではなく当時の機動隊員などにもインタビューを敢行していて、まさしくポリフォニー的に当時の状況を検証した作品。お勧めです。

オリンピックについても一言だけ。話題になっている聖火リレーだけど、これを考案したのはナチスドイツのゲッベルスです。だからどうしたと言われるかもしれないけれど、国別ということは、その基盤にナショナリズムが駆動していることは大前提。僕はもう国別対抗は止めればいいと思っている。ついでに紅白歌合戦も。

森 達也

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