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web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第121回 |
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件名:経済政策のトレンドとネジレについて 投稿者:斎藤美奈子
森 達也さま
11月中に書くはずが、12月に入ってしまいました。申し訳ありません。 貴君が前回(10月31日の衆院選投開票日前)、〈朝日新聞は一面で、自民党は多少は議席数を減らしても単独過半数は維持するだろうと予想している。僕もそんな気がする〉と予言した通りの結果になったね。〈少なくとも政権交代は起きない。その勢いを感じない〉っていうのも予言通りでしたけど、結果は予想以上に野党に厳しく、立憲民主党は109から96に、共産党は12から10に議席を減らし、逆に維新の会は11から41に議席を増やした。立憲の枝野代表は責任をとって辞任。11月30日には代表選が行われ、泉健太氏が新代表に選ばれました。 ここまでのところで、もっとも脅威と考えるべきはやはり維新の躍進でしょう。このまま立憲の勢力が衰え続けると、近い将来、維新は立憲を抜いて野党第一党にすらなりかねない。貴君は〈今後もこの国の景色は変わらない〉と書いていたけど「変わらない」ならまだマシで(これでマシってどういうことだとは思うけど)、下手すると東京や日本全国の「大阪化」が進むかもしれない。それだけはちょっと勘弁してという感じです。苦虫を噛みつぶしたような、あなたの顔が見えるようだよ。
観点を変えます。結果には不服ですけど、今度の選挙の大きな焦点はじつは「経済政策の転換」だったと私は思っています。岸田自民も枝野立憲も、経済政策を変えてきた。端的にいえば「脱新自由主義」です。岸田は「令和の所得倍増計画」を掲げ、枝野は「一億総中流社会の復活」といいだした。まるで昭和に逆戻りしたみたいですが、要は30年近く続いた「緊縮財政」から「積極財政」への転換です。これはけっこうスゴイことだよ。 実際にやれるかどうかはわかんないよ。事実、総理になるや否や岸田はすっかり腰が引けて政策を後退させているし(18歳以下に一律10万円の給付金だったはずが、960万円の所得制限を設けた上に半分はクーポン券にするとかね)、立憲の代表選に立った4人も、だれひとり消費減税をいわなかった(野党共闘の共通政策では消費税を5%に下げるといっていたのにさ)。 なので「与党も野党も信用できん」てのはあるのですが、ともあれこれは驚くべき軌道修正です。バブル崩壊後、格差が広がり、貧困が極限に達した原因はデフレ。そして日本がデフレ不況から脱却できずにいるのは新自由主義(緊縮財政)のせいなんだからさ。 政策の転換ないし軌道修正の原因はやっぱりコロナ禍でしょうね。もともと経済がボロボロだったところにもってきて、自粛要請(しかもまともな休業補償をしない)が続き、コロナ不況でいよいよ経済がヤバくなってきた。さすがの与党(岸田)も野党(枝野)もこれじゃマズイということになったのでしょう。積極財政に転じない限り、もはや日本を救う道はない。彼らはやっとそれに気づいたように見えます。
ということはしかし、選挙戦だけ見てても気づかなかったかもしれない。私がそれを認識したのは彼らの著書を読んだからです。岸田文雄『岸田ビジョン―分断から協調へ』(講談社+α新書。私が読んだのは単行本版ですが)と枝野幸男『枝野ビジョンー支え合う日本』(文春新書)。そっくりなタイトルの本を二人は書いていて、しかも読むと中身もけっこうカブッている。 二人とも穏健な保守リベラルを自称し、アベノミクスの限界に言及し、格差と分断を広げる新自由主義から脱却すべきだといい、中間層の引き上げや再分配政策が急務だといっている。少なくともこれは菅義偉の「自助・共助・公助」とは真逆の方向性です。 〈アベノミクスが始まった当初、「トリクルダウン」ということが盛んに言われました。まず大企業から先に業績を回復させ、それによって下請けの中小企業や、臨時雇いの非正規の人たちの収入も上がる、という考え方です。しかし、残念ながら、「トリクルダウン」の現象はまだ観察されていないと言わなければなりません〉〈アベノミクスで増えた富は、誰の手にわたっているのか。一部の人だけがおいしい思いをしているのではないか〉〈中間層を産み支える政策、社会全体の富の再配分を促す政策が必要です〉(『岸田ビジョン』) 〈低所得者層の所得が底上げされれば、すぐに消費にまわり、通貨が出まわるスピードは上がって経済成長につながる。逆に、富裕層をさらに豊かにしても消費にはつながりにくく、相対的に経済成長に与える効果は小さい〉〈だから私は、政府による再分配機能を高め、非正規を正規に転換するなどして雇用の安定を図り、分厚い中間層を取り戻すことを目指す〉〈「政府は小さいほど良い」「公務員は少ないほど良い」というのは、現在の日本社会ではもう時代遅れだ。私はそのことを明確に訴えていく〉(『枝野ビジョン』) タテマエだけだとしても、似てるでしょ。 しかしここまで似てくると、野党としては差別化しづらく、闘いにくい。そのせいで立憲が議席を減らしたとまではいわないけれど、いきなり「付け焼き刃の積極財政論」をぶたれても「ほんまかいな」と思われるだけ。まして立憲には、民主党・野田政権時代の「税と社会保障の一体改革=消費税10%の三党合意」の影がちらつくから、ますます信用されないんだけどさ(加えて自民にも立憲にも、まだまだ緊縮派の新自由主義者が多く、党全体のコンセンサスには至っていない)。
もうひとつ、岸田と枝野が弱いのは、財源の話をアイマイにしてるところです。だから財務省に突っ込まれる。矢野康治財務次官が「文藝春秋」11号に寄せた論考(「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」)で、与野党の「バラマキ」に苦言を呈したのは、わかりやすい例だよね。矢野財務次官は日本をタイタニック号にたとえ、〈氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けているのです〉とぶち上げた。 そして、これに真正面から異を唱えたのは高市早苗だけだった、という情けなさです。 こと財政政策「だけ」に限っていえば、いちばんわかっている確信犯的な積極財政論者は、高市早苗と国民民主党の玉木雄一郎だよね(あとは山本太郎ね)。 高市早苗はご存じの通りタカ派の右翼ですし、玉木雄一郎も改憲論者の反共で信用できない感じじゃない? しかし、これも著書を読むと、経済についてはけっこうちゃんとしてるわけ。 玉木雄一郎『令和ニッポン改造論―選挙に不利でも言いたいマニフェスト』(毎日新聞出版)は平成の30年で日本経済がなぜ落ちこんだかを明快に説明しているし、コロナ前の本なのに〈消費を軸とした好循環をまわすための「家計第一」の経済政策を実現したい〉〈世界経済激変なら消費税減税も必要だ〉〈子育て・教育や、研究開発への投資は国債発行で〉といっている。 また高市早苗『美しく強く成長する国へ―私の「日本経済強靱化計画」』(WAC)は、「サナエノミクス」なんてのを提唱していて一見バカみたいなんだけど、〈国債発行は「避けるべきもの」ではなく、「必要な経費の重要な財源として活用するべきもの」である〉〈「政府の借金」が増えることは「国民の資産」が増えることである〉といいきっている。 「これ以上借金が増えると国家財政が破綻する」「孫子の代までツケを残すのか」という財務省やマスメディアの悪質な脅しに私たちはずっと騙されてきた(いまも騙されている)。「国債は借金ではない、天下に恥じない財源だ」と思えば、もっと財政出動ができるんだよね。
ともかく、こういったことから類推するに、緊縮から反緊縮に経済のトレンドは向かっているのではないだろうか(いまや「改革」という名の緊縮にしがみついている政党は維新だけです)。平成の30年は緊縮財政で経済がボロボロになった時代だった。しかしコロナ禍で新自由主義の限界が見えた。よって令和のトレンドは脱緊縮。 じつは、金融緩和、財政出動、成長戦略を三本柱とするアベノミクスも、もともとはデフレからの脱却を目指す積極財政型の政策だったんだよね。インフレ率2%を目指すという方向性も間違っていなかった。だから、スティグリッツとかクルーグマンとかの左派の経済学者にも支持されたし、実際、最初の1年は、成長率は上がり、失業率も貧困率も少しだけど下がった。安倍政権の支持率が高かったのは、初期の経済政策がよかったからです(「アベ政治を許さない」一辺倒だった左派リベラルの人たちは、それを一応認識しておくべきかと思います)。 ただ、よかったのは最初だけで、実行されたのは金融緩和まで。財政出動と成長戦略はウヤムヤにされ、企業だけを優遇し、結局は消費税も2度上げた。その結果、消費はもっと冷え込み、格差と貧困はもっと拡大した。トリクルダウンも起きず、インフレ率2%も達成できず、富裕層と企業を富ませただけだった。だから最悪だったという話。積極財政につまり彼は「失敗」したのです。
積極財政論はそもそもは格差をなくす左派の経済理論だと思うんだけど(サンダースやオカシオコルテスのように)、日本だとこれを提唱してるのは右派の論客や政治家が多いんだよね(左派の積極財政論者は「薔薇マークキャンペーン」の人たちくらい?)。積極財政→国力増強→軍備拡張→自主防衛→国粋主義、という流れができやすいからだと思う。 そこは警戒しなくちゃいけないんだけど、だからこそ、左派リベラルは経済政策にもっと目を向けるべきではないだろうか。このままいくと、岸田政権はコロナ禍が一段落したところでコロナ増税をいいだすにちがいない。さらにこの先、見えて来る将来像はこの二つ。 @「身を切る改革」という名の緊縮政策で他党との差別化に成功した維新がもっと躍進する→もっと格差が拡大する A財政政策に長けた高市早苗が権力を増してやがて総理大臣になる→もっと日本が右傾化する どっちも私はイヤです。 ゆえに左派リベラルの人たちは、財務省と新聞の口車に乗ってバラマキ批判をしてる場合じゃありません。岸田政権には「もっと金を出せ」「国債を使え」と要求しなくちゃいけないんだよ。
12月2日 斎藤美奈子
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