
 |
web掲示板談話 斎藤美奈子・森達也 第172回 |
|
件名:ルーティンに流れやすい国 投稿者:森 達也
美奈子さま
国会中継をぼんやりと見ているのだけど、「(これぞ政策の)一丁目一番地」って誰が言いだしたのかな。一丁目一番地に住んでいない人たちから「差別するな」と声はあがらないのか。……まあこれはジョークとしても、やっぱりこのフレーズは嫌だ。理屈じゃない。これを耳にするたびに、このフレーズをぬけぬけとためらいもなく口にする政治家は次の選挙でいなくなってほしいと(半分は本気で)思います。 永田町の慣用句は他にもある。最近多いのは「……と承知している」。文脈的には「そのように理解している」ということだと思うけれど、日常会話ではあまり使わないよね。「承知している」という述語には、(実際はどうかわからないけれど自分はそのように解釈している)というニュアンスがある。つまり言い訳がましい。政治家ならこんな言いかたをすべきじゃない。「遺憾である」もずいぶん古びてきたけれど、まだ頻繁に使われる。 ……政治や社会について書こうという気力がわいてこないので、今回はこんな調子で雑談します。本当にどうでもいいこと。理屈じゃない。嫌いなものは他にもたくさんある。例えば、出演しているタレントに「ピンポン」と最後に言わせるCM。安易だなあと思う。 大学2年のとき、映画研究会のOBからCM制作会社でバイトをしないかと誘われた。青山にあった小さな会社の名称はトム企画。社員数人だったけれど仕事は忙しい。この数年前に野坂昭如さんが歌いながら踊るサントリーゴールドのCMが大きな評判になった。それがトム企画の制作だった。覚えているよね? 歌詞は「ソ、ソ、ソクラテスかプラトンか」。50代以上なら「あああれか」と思い当たるはずだ。 立場はバイトだけど、多くの撮影現場に雑用として行かされた。サントリーゴールドのCM第2弾の撮影のとき、カメラの前で野坂さんは実際にウイスキーを飲んでいた。紅茶などでごまかさない。何度もテイクを重ねて泥酔した野坂さんは、スタジオの隅で腕組みして撮影を見つめていた年配の女性に駆け寄りながら「ノガミさん!」と甘えるように何度も名前を呼んだ。天下の野坂が懐っこい猫のようになっている。ディレクターにあの女性は誰ですかと聞いたら、野上さんだよ、おまえ映研のくせに知らないのかとあきれられた。 野上照代さん。トム企画に制作を発注した広告代理店サン・アドのプロデューサーであると同時に、黒澤明監督の作品のほぼすべてにスクリプター(記録係)として参加していて、黒澤監督の現場における唯一無比のパートナーと言っても過言ではない女性だ。 でもこのときの僕は、彼女のキャリアをよく理解していなかった。休憩時間に黒澤さんってどんな方ですか、と気安く聞いた。少し考えてから野上は「一口に言えないけれど優しい人よ」と答えた。優しくなければ映画なんか作れないわよ、と言われたような気もする。 とにかくこの時期、大学にはほとんど行かずトム企画に入り浸っていた。サントリーゴールドのCM第二弾以外には、
○サントリー・メルツェンビール ○オリオンビール(この時代はまだ沖縄限定だったかも) ○森永アイスクリーム ○加納典明さんを起用したサントリーオールド
などがあった。サントリーオールドの撮影のときには、ロケ地が福井県の温泉宿で、バイトで温泉宿に宿泊(CMで使うのだからかなり高級旅館)ができるなんて、と高揚したことを覚えている。 もちろん仕事はきつい。ビデオ全盛の今とは違って当時は撮影も編集もフィルム。ディレクターがある程度編集した素材を現像所に持っていって、フェードやオーバーラップ、合成などの効果を光学的に焼き付けるオプティカル処理を行うのだけど、その搬送を指示されて、徹夜続きでフィルムが入ったバッグを網棚に載せたまま居眠りして目が覚めたらバッグが消えていたことがあって、このときは本当に青ざめた。会社に電話したら社長から「絶対に探せ。なければ大損害だ」と言われ、半ベソをかきながら駅員に事情を話し、駅の派出所などにも行ったけれど結局は見つからない。 人生終わったと思いながら夜遅くに会社に戻ったら、ディレクターはもう一回編集を始めていて、社長からは「二度と同じ失敗はするな」と言われただけでそれ以上は責められなかった。僕の年齢は18か19歳。大人ってかっこいいとひそかに思ったことを覚えている。この顛末はサントリー・メルツェンビールのCMだったけれど、その後にオンエアを見るたびに、もしかしたらNGから選び直したカットかも、と思って多少は胸が痛んだ。 僕がトム企画でバイトを始める一年前、CM業界で天才と言われていたディレクタ―が自殺した。名前は杉山登志。以下はウィキペディアからの抜粋。
杉山登志(すぎやま とし、1936年8月7日 - 1973年12月12日)は、日本のCMディレクター。本名は、杉山登志雄(すぎやま としお)。 テレビ草創期から数多くのテレビCMを製作し、国内外の賞を数多く受賞。天才の名をほしいままにしたが、自らのキャリアの絶頂にあった1973年12月12日、東京都港区赤坂のライオンズマンション赤坂の自室で首を吊って自殺した。37歳没。 遺書には「リッチでないのに リッチな世界などわかりません ハッピーでないのに ハッピーな世界などわかりません 「夢」がないのに 「夢」をうることなど・・・・・とても 嘘をついてもばれるものです。」と記されていて、当時はかなり話題になった。 トム企画のディレクターやプロデューサーたちも、生前の杉山とは懇意にしていたらしく、よく名前を聞いた。生真面目すぎるところがあったよなあと言ったのはディレクターだ。CM制作とはある意味で虚業。まあ映像制作はおしなべてそうだけど、特に車や装飾品など高額な商品を扱うCMは、虚業だという意識の度合いが強いのだろう。仕事と現実の狭間で苦しんだ杉山は自ら命を絶った。 何の話だっけ。そうだ。タレントに「ピンポン」と言わせるCM。もっと悩めよと言いたい。とにかく浅すぎる。 その路線ではもうひとつ。めったに観ないけれどテレビのグルメ番組。バラエティ系は編集の最終段階で効果音をつける音効さんの仕事が重要なのだけど、グルメ系の番組でタレントが何かを食べる瞬間、「カプチョ!」みたいな効果音をつける。それがどの番組もみな一緒。あとはバラエティ番組の再現VTRのときにスタジオにいる一般見学者たちが発する「えー」とか驚く声や笑い声。もちろんこれも効果音としての後付けだ。とにかくうっとおしい。やっぱりこれも、もっと悩めよと言いたい。 あとは日本の飲食店(特に居酒屋チェーン)の店内のBGM。有線放送でジャパニーズポップのような音楽がかなりの音量で流れているけれど、こんなの日本だけだよね。音楽を聴きに来たわけじゃない。友人や同僚たちと語りたくて来ているのに、少し席が離れると声が聞こえない。あれもルーティンなのだろうな。
……ここまで書いて、今回のテーマは「ルーティンに流れやすい国」ということかなという気がしてきた。選挙のときもそう。ずっと自民党に入れていたから今回も自民党。そういうことか。その帰結として、戦後80年ほとんど政権交代が起きなかった(起きても天変地異に襲われて現政権への不満や不信が高まって結局はすぐに自民党に戻る)不思議な民主国家。あーあ。結局は書いてしまった。
|
|
|
|
|
|